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トップ > 特集 注目のキーワードから次の一手を読み解く! マーケティングトレンド2021 > P5
新型コロナウイルス感染症の影響で、社会のトレンドや消費者の価値観が大きく変化した2020年。いまだに不確実な情勢は続くが、2021年はどのようなトレンドが予測され、それに対してどのようなマーケティングを行っていくべきなのか。次の一手も見据えつつ、注目のキーワードとそれにまつわる先進事例、有識者へのインタビューを通じて読み解いていく。
新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、盛んに叫ばれるようになった「ニューノーマル」。価値観が大きく転じる時代のマーケターに必要な心得とは? 日米のP&Gやユニリーバ・ジャパン、資生堂などで、ブランドマネジメントやマーケティング組織の構築に携わってきたクー・マーケティング・カンパニー 代表取締役の音部大輔さんに聞いた。
新型コロナウイルス感染症の拡大で、消費者の行動や価値観が大きく変わりつつある。多くの企業はその変化の実態をつかもうと、さまざまな施策を打ち出している。そんな中、「マーケティングにはこれまで以上に『顧客視点』が必要になっていると感じます」と、クー・マーケティング・カンパニーの音部大輔さんは語る。
マーケティングにまつわる一つの神話に「消費者は全てを知っている」という説がある。消費者に聞けば、彼らが求めているものが分かるはずだ、と。
「ところが、実は消費者も、自分が何を欲しがっているのか分かっていないことが多いのです。『いい車が欲しい』『きれいな肌になりたい』と言いますが、消費者が『いい車』や『きれいな肌』を具体的に定義できているわけではありません。選択肢が目の前にあれば、良しあしの判断はできるけれど、自分から定義を示すことは難しいのです」
そこで、自ら顧客視点に立って、「いい車」や「きれいな肌」を定義し、消費者に提案していくのがマーケターの仕事だ。例えば、ファミリーカーのトレンドがセダンからワンボックスに移行したときも、消費者側から「ワンボックスが欲しい」と求めたわけではない。
「マーケターが消費者の潜在的ニーズをくみ取り、ファミリーカーの新しい価値を定義し、提案し、消費者がそれを受け入れたことで、世の中が変化したのです。こうして『新たな市場を創造』することこそ、マーケティングの本質といえます」
もっとも、今回のパンデミックのような天変地異が起きたときは、マーケターが提案したわけでもないのに、勝手に「いい商品」の定義が変わることがある。そうした変化を素早くキャッチするためにも、顧客視点は欠かせないという。
「コロナ禍で売り上げが落ちた企業は少なくないでしょう。しかし、そこで思考を止めると、解決策はコロナ禍の終息以外にないということになってしまいます。そうではなく、消費者にとっての『いい商品』の定義が、このパンデミックによってどのように変化したかを理解することで、初めて"正しい対策"が可能になるのです」
では、「いい商品の定義が塗り替わる」というのは、具体的にはどういうことを指すのだろうか。
プロダクトの性能を表す具体的な項目のことを、マーケティング用語で「属性」と呼ぶ。自動車であれば「何人乗り」「CO2排出量が何々以下」「車高が低い」といった属性がある。いい商品の定義が塗り替わるというのは、これらの属性の「重要度」が入れ替わることを意味する。
例えば、新型コロナウイルス感染症の拡大によって、「非接触」という属性が重視されるようになっている。それまでは、「キャッシュレスは現金を持ち歩かなくていいので便利ですよ」などといわれても、「別に現金を持ち歩くのは苦じゃない」程度にしか思わなかった消費者が、ダイレクトな金銭の授受に抵抗を感じるようになり、急激に非接触決済に関心を示すようになった。また、「換気」なども、コロナ禍を契機に注目されるようになった属性である。
「このように、消費者がどの属性を重視し始めたのかという変化を敏感に捉えた上で、自分たちなりの『いい商品』を提案していくことが、マーケターに求められる姿勢といえるでしょう。市場創造というと、一から新しいものをつくるという発想になりがちですが、実際には、既存の属性の順位を入れ替えたり、新たな属性を追加したりすることで、これまでになかった組み合わせをつくり出すイメージです」
その際、欠かせないのは、「何が消費者にとってのベネフィット(便益)なのか」という視点だ。1990年代後半に女子高校生が携帯電話を持ち始めた頃、カラオケボックスが経営危機に陥った事象を例に、音部さんはこう指摘する。
「なぜ、カラオケボックスのニーズが携帯電話に奪われたのか。それは、消費者である女子高校生が両者に求めたベネフィットが、どちらも『社交』にあったからです。実はカラオケボックスに純粋に歌を歌いに行く人はごく一部で、多くの人は、歌を介した社交のためにカラオケに行く。したがって、社交のニーズが携帯電話でも満たせるとなると、多くの女子高校生はそちらに移行したのです」
カラオケのベネフィットを「社交」ではなく「歌」と捉えると、高音質や豊富な曲数といった属性ばかりに目が向いてしまうだろう。ここで重要なのが、消費者にとってのベネフィットを高い精度で見極める術の一つ、「人間理解」のスキルだと音部さんは語る。
「人間は感情で動く(合理的には行動しない)生き物だといわれます。確かに、一人ひとりを見ればランダムな行動をしているようにも見えますが、『集団』として観察してみると、一定のパターンが見えてくるのも事実です。そのパターンに目を留めて『そもそも何がしたいんだろう?』と考えてみると『こうしてあげると喜ぶんじゃないかな』という方向性が見えてくるように思います」
これからの時代、この人間理解に大きく貢献するのが「データ」の存在だ。現在はD2Cの普及が加速し、消費者とメーカーが直接つながることで、メーカーはより詳細なデータを入手できるようになっている。
「今後は『何が売れたか』だけでなく、『売れたものがどのように使われているのか』といったことまで追跡できる時代が来ます。そこから見えてきたパターンの中に、消費者の生活をさらに向上させるためのヒントが多く眠っているはずです。マーケティングは、また新たなフェーズに突入していると考えています」
異なる市場にあっても提供価値が競合する例