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変革を実現する人材の育て方 人が会社を変えていく

この予測不可能な時代に企業の方向性を担うのはAIでもデータでも設備装置でもない。それを使いこなす人間だ。人が変わらなければ変革は実現しない。しかし、多くの企業が変革を進められていないのが現状だ。では、変革を実現できる人材をどう見極め、育てれば、企業の成長へと結び付けられるのか。イノベーティブな変化をもたらす人材の条件、それを育む仕組みづくりとは――。識者インタビューと事例から読み解いていく。

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  • 2022.09.01

変革を実現する人材の育て方
人が会社を変えていく

general remarksπ型キャリアが異能を束ね、会社に変化をもたらす

変化が激しく未来が見通せない時代ではあるが、企業変革を実現できるのはやはり「人」である。では、企業変革を実現できる人材とはどのような力量(コンピタンス)を持つ人たちなのか。どうすれば育てられるのか。"人的資本の見える化"に詳しい、慶應義塾大学 特任教授の岩本 隆さんに話を聞いた。

産業構造が大きく変化する時代に過去の人材モデルは通用しない

写真:岩本 隆さん 岩本 隆(いわもと たかし)
慶應義塾大学
特任教授
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)Ph.Dを取得。複数の通信系外資系企業や新規事業創出のコンサルティング企業を経て、2012年より現職。HRテクノロジー大賞審査委員長、日本CHRO協会理事などを兼任。2020年には日本初のISO30414リードコンサルタント/アセッサー認証を取得。

かつての日本は量産型製造業がけん引する形で経済成長を成し遂げてきましたが、いわゆる"失われた数十年"の間に世界の経済トレンドになかなか追いつけなくなっています。いまや日本のGDPの70%以上をサービス産業が担っていますが、サービス業の生産性はまだ低い。生産性とともに一人当たりの付加価値を高める必要があります。モノづくりから「コトづくり」へと産業構造が大きく変化する時代には、それに対応し、新しいイノベーションを生み出す人材の創出が、日本の産業界全体にとって急務といえます。

そもそも、これまでの量産型製造業において優秀だとされてきた人材と、これから必要とされる人材は、強みや中身において全く異なるということを理解する必要があります。どこを切っても同じ表情をしている金太郎飴ではなく、プロスポーツ界のように、優れたパフォーマンスを持つ人材が力を発揮し、高い成果を生み出す必要があります。いわばメジャーリーガーの大谷翔平選手のような人材が、日本企業でももっと活躍できるような環境をつくる必要があるのです。

そういった意味でも、過去の成功体験で会社から認められてきた現在の企業トップたちの考え方を変える必要があります。近年は、財務諸表からは見えにくい「人的資本」に注目が集まっており、その領域への投資で企業価値を図るという考え方が広がってきました。国際標準化機構(ISO)が制定した「ISO30414」のように、企業が人的資本への投資や改善にどのように取り組んでいるのかを"見える化"し、投資判断の材料とするガイドラインも生まれています。

企業の重要な資源である人材を経営にどのように生かしていくかという視点で、経営戦略を立案するCHRO(最高人事責任者)を置く企業も徐々に増えています。

人的資本を把握するためのHRテクノロジー導入が不可欠

将来、自社の社員はどれだけ成長し、企業にどれだけの価値をもたらすかといった人的資本の成長力を見るためには、マネジャーの経験と勘だけでは難しいのが現実です。人材に関するデータを集計・分析し、データドリブン(データに基づいて判断・アクションすること)により採用・育成・人的配置・評価を考えるHR(Human Resources)テックと呼ばれるマネジメント・テクノロジーの活用が必須になるでしょう。

HRテックの一つであるタレントマネジメントシステムも、近年は数百から千個ほどのパラメーターで細かく社員のスキルを分析できるようになってきています。

タレントマネジメントと社内外のeラーニングコンテンツを連動させ、社員自らが「将来、このようなキャリアを歩みたい」とクラウドシステムに入力すると、裏でAI(人工知能)が解析し、そのキャリアにはこういうトレーニングを受けるべきだと示唆してくれるものもあります。企業側が社員をどう育てるかだけでなく、社員一人ひとりが自分はどう育っていくべきかを考えるためのツールになっているのです。

※ 社員が持つスキルや能力、経験値、将来こうなりたいという志向などをデータ化し、人的資本の一元管理を可能にするシステム

変化を生み出す人材創出に企業と社員ができること

ただし、日本企業の場合はこうしたHRテックを導入する以前に、企業文化を変えるための努力も必要だと私は考えています。

例えば人材抜擢についての周囲の反応です。優れた実績を挙げてきたトップパフォーマーに着目し、従来の慣行を壊してでもその処遇を引き上げることは、全体の底上げにもつながる重要な施策です。しかし、日本企業では特に若手が抜擢されると、その足を引っ張る風土がまだ根強くあるように思います。

そもそも抜擢するといっても、抜擢する側の上司や役員クラスの人に、周囲の反対を押し切ってでもイノベーションを起こしてきた経験がないとうまくいきません。こうした型破りな人材を新規事業担当役員やCTO(最高技術責任者)に据えて権限を与える――。それができて初めて、社内に絶えざるイノベーションの風土が生まれるのだと思います。

もちろん、経営トップだけでなく、社員一人ひとりの意識改革も必要です。タレントマネジメントに関しては、社員一人ひとりのデータを集めるために、まず社員が自分のスキルや経験、現有能力や将来の希望などをシステムに入力しなければ始まりません。日本企業では社員が自分のスキルを客観的に把握し、常に棚卸しをしながら、次の課題を設定していくという文化が希薄です。データ分析以前に中身のデータがそろわないために、ツールの活用がなかなか進まないという話もよく聞きます。

「ダメ出し」は禁物、π型のキャリアを意識して育てる

私が以前、米国の人材採用支援企業で見た風景ですが、社内のカフェのようなところに大きなホワイトボードがあって、社員がコーヒーを飲みながら今後の事業アイデアを自由に書き込めるようになっていました。どんな陳腐なアイデアでもボードから消されることはなく、足りないものがあれば、他の社員が自分の考えを付け加えていく。つまり「付け加える」という文化が育まれているわけです。日本企業でもそうしたマインドを、経営トップをはじめマネジャー層も一体となって率先して持つ必要があるでしょう。

一つのアイデアに別の知見をからませ、それを大きく膨らませることができる人は、成功も失敗も含めてさまざまな経験をしているはずです。エンジニア出身だが、途中から新規事業のマーケティングを経験し、現在は事業部の運営を担っているような……。そこでは一つではなく複数の経験が役に立ちます。特定分野の知識や経験を生かした「T型」ならぬ、異なる分野二つ以上の知識や経験を生かした「π型」のキャリアです。

そうした経験があれば、社員一人ひとりの特性を束ね、異なる文化や背景を翻訳しながら、同じ方向へとチームの視線を向けさせることができるようになります。それは、俳優、照明、音響、小道具などさまざまな専門家の能力を引き出し、一つの作品を作り上げる映画監督と似ていて、私はそれを「ビジネスプロデューサー」と呼んでいます。

これからの時代に、企業の変革を実現する人材には、あらゆる人にアイデアの創出を促しながら、事業として形にすることができるプロデューサー的な資質が求められていくだろうと考えます。

多様化・複雑化する社会課題に対応できるπ型キャリア

図:多様化・複雑化する社会課題に対応できるπ型キャリア

左は「T型」キャリア、右が「π型」キャリアのイメージ図。T型は特定分野の知識や経験を生かせるキャリアを持ち、π型は異なる分野2つ以上の知識や経験を生かしたキャリアを持っている。多様化・複雑化する社会やそこに潜む課題に対しては、より幅広い知識や経験が役に立つ。さらに、異なる2つ以上の分野に詳しいので、周囲の人に対する理解の幅も広く、チームの意識を合わせる際にキーマンとなる可能性が高い

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    ケーススタディ1
    企業価値向上を目指し"変革"の社風をつくる
    エバンジェリストを育てる
    「丸紅」

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