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トップ > 特集 変革を実現する人材の育て方 人が会社を変えていく > P4
この予測不可能な時代に企業の方向性を担うのはAIでもデータでも設備装置でもない。それを使いこなす人間だ。人が変わらなければ変革は実現しない。しかし、多くの企業が変革を進められていないのが現状だ。では、変革を実現できる人材をどう見極め、育てれば、企業の成長へと結び付けられるのか。イノベーティブな変化をもたらす人材の条件、それを育む仕組みづくりとは――。識者インタビューと事例から読み解いていく。
岡野バルブ製造は、北九州市にある発電所向けの高温高圧バルブのメーカー。まもなく創業百年を迎える老舗企業だが、4代目社長のもと、いま"未来型ものづくり企業"への脱皮を強力に進めている。自社の未来を担う人材をどのように育てていこうとしているのか。代表取締役社長の岡野武治さんに話を聞いた。
岡野バルブ製造は昭和初期に発電所向けバルブの国産化に初めて成功した企業だ。世界的に高く評価されるバルブの製造技術とそのメンテナンスの二本柱を主要事業に成長してきた。
創業百年を間近に控え、二本柱だけに頼っていては今後の事業拡大は難しく、2011年の原発事故による市場変化は、既存事業への依存がリスク要因になることも示していた。
「ものづくりで培った精神をコアにしながらDXに着手し、新規事業や地域創生などの幅広い領域へ踏み出そうと考えました。それが私たちの考える"未来型ものづくり企業"という立ち位置です」
デジタル化については、発電所で使われるバルブの稼働状況をデジタル診断できる技術を開発し活用している。しかし、一部品にすぎないバルブの稼働診断だけでは、真のDX実現は難しいという。
「そこで私たちは発想を広げ、発電所はもちろんですが、装置産業全体でのDX推進に目を向けました。私たちの経験を生かせば、例えばプラント全体のDX支援も可能ではと考えたのです」
装置産業を内側から革新するために立ち上げた、同社独自のバルビキタス(バルブ+ユビキタスの合成語)事業の発想はそこから生まれた。
こうした新事業を担う人材をどのように育てればよいのか。
「最初はみんなバルブのことしか知らないガラパゴス状態。まずは社員のマインドを変えなければならない」と取り組んだのは、つながりのある企業に出向する形で社員を預け、システム開発などの実践的な知識と技術を習得するDX研修プログラムを受講するというものだ。他社でのビジネス経験を積むことで、ビジネススキルにも幅ができ、これまで必要だと考えてこなかったマーケティングや事業構想の知識も学べたという。半年間の研修から帰ってくると、社員たちは仕事に対する姿勢も変わっていた。
さらに外部からも"DX軍師"の異名で知られるITコンサルタントの常盤木龍治(ときわぎりゅうじ)さんを役員に迎えるなど、社内の意識改革を進めた。また、21年からは沖縄市コザ地区にオフィスを構え、新規事業の創出をミッションに3人の社員を送り込んだ。
「リモートワークが進んだことで、コザにはIT系のスタートアップ企業も多く集まり、新しい価値を生み出そうといった熱気にあふれています。異業種の人たちと触れ合うことで、変革への意識変化が生まれることを期待したのです」
コザの若手起業家たちと交流を深めるうち、社員たちは自分ごととして新規事業の創出を模索するように変化した。そこで新たな事業として、越境(垣根を越える)という意味の「X-BORDER(クロスボーダー)」を立ち上げた。多様な人材交流が生まれる環境や他社の先進的な事例を情報提供することで、新たな価値創造を支援するもので、いずれは自社との協業につなげていく考えだ。こういった変革を生み出す仕掛けづくりは、東京や京都でもスタートしている。
「新事業に共通するテーマは"越境"と"共創"です。自社にとどまらず、伝統的な産業全体に変化を起こしていきたい。そのためには、既存の思考や領域、業界の垣根を越えることのできる人材と仕掛けが必要だと考えました。今後さらに環境を整え、変革を実現する人材を育てていきたいですね」