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トップ > 特集 変革を実現する人材の育て方 人が会社を変えていく > P6
この予測不可能な時代に企業の方向性を担うのはAIでもデータでも設備装置でもない。それを使いこなす人間だ。人が変わらなければ変革は実現しない。しかし、多くの企業が変革を進められていないのが現状だ。では、変革を実現できる人材をどう見極め、育てれば、企業の成長へと結び付けられるのか。イノベーティブな変化をもたらす人材の条件、それを育む仕組みづくりとは――。識者インタビューと事例から読み解いていく。
キヤノンマーケティングジャパン(以下、キヤノンMJ)グループは、価値創造の根幹を「人の力」と考え、イノベーション人材の育成をはじめとした人的投資を加速している。また、イノベーション人材の発掘・育成・活躍の仕組みをつくりながら、新たな組織文化の醸成にも意欲的に取り組んでいる。
キヤノンMJグループは、共生社会の実現に向けてさまざまな社会課題の解決に挑戦しており、2021-2025長期経営構想において、2025年のあるべき姿(ビジョン)として「社会・お客さまの課題をICTと人の力で解決するプロフェッショナルな企業グループ」を掲げた。価値創造の根幹を「人の力」と考え、「人材の高度化」を目指し、全社横断の施策が複数動き出している。特に、劇的なスピードで大きな変化が起こり、将来の予測が極めて困難なVUCA(ブーカ)の時代において、さらなる顧客主語の進化・深化が必要であり、"不"の探求や、多様な視点を持ち解決に導くことができる「イノベーション人材」が不可欠であると、企画本部事業開発部オープンイノベーション推進室の木暮次郎は語る。
同社が描くイノベーション人材は、新しい価値を生み出すことができる人材ということはもとより、各事業部(現場)において変革の中心を担う存在でもあり、「新たな事業開発を行うために必要なスキルを持つ者」と位置付けている(下図参照)。
そのスキルの中心には、「高い感度で違和感を持つ力」「多角的な視点を持つ力」「課題設定できる力」という3つを設定。従来の評価制度では定量化できていなかったスキルだと木暮は補足する。
「これらのスキルを持ったイノベーション人材を増やしながら、新たな事業創出を担うイントレプレナー(社内起業家)の輩出。さらには経済合理性についても客観的な視点を持って事業拡大を推進することができる投資戦略人材など、さまざまなタイプの人材を育んでいこうとしています」
その狙いは、変革を加速させることにあると木暮は説明する。
「求める人材全てを社内で育成しようとは考えておらず、社外からの採用も行っています。ただし、イノベーション人材に関しては、社内での育成環境を整えることで、変革へのマインドを高めていこうとしています。実際、アイデアを形にする機会も設けています」
その具体的な取り組みの一つが「イノベーションアカデミー」だ。対象となるのは全社員。意思表明することで参加できる。アート思考/デザイン思考を用いたアイデア創発ワークショップをはじめ、繰り返しの学習や訓練により、スキルアップだけでなく、自らの新たな可能性に気付いたり、成長への意欲を再発見したりすることもできる。
また、人事研修にもイノベーション教育を組み込むように経営層に働きかけた。
「ワークショップ実施後にはデザイン思考の浸透度を図るテストを行っており、イノベーションスキルがスコアとして可視化されます。これをタレントマネジメントの仕組みと連携させることで、人材配置の最適化も可能です。例えば、チャレンジングなタスクが立ち上がった際、適切なスキルを持つ人材をアサインすることもできるようになります」
人材育成、事業を生み出す環境づくりなどを整えた先に描くのは、新たな組織文化づくりだと木暮は語る。
イノベーション人材育成の施策をスタートしてから約2年。各現場で新たなアイデアについて提案する社員も増えているという。変革の波は今後さらに広がっていくだろう。
事業開発のフェーズごとに、必要とされる人材の要件は異なる。異なる特性を持つ人材が協力し合うことで、事業開発はよりスピードアップする。キヤノンMJグループでは、3つのタイプそれぞれについて、具体的な育成を進めている
市場環境が激しく変化し、将来の技術動向も読みにくい時代、企業に求められる人材像も変わりつつある。今や多くの企業が時代に適合する形で、採用や育成を含む人事管理改革に取り組んでいる。
人事管理を見直す際、個々の「タレント」に着目し、その能力を企業価値向上につなげることを目指す「タレントマネジメント」の考え方を取り入れる企業が日本でも広がりつつある。本書はタレントマネジメントの定義や構成要素などを解説した上で、日本型人事管理の特徴や強み・弱みを分析。日本における適用の可能性と有効性について多面的な考察を行っている。
日本企業の人事管理にはいくつかの特徴があると本書は指摘する。幹部の選抜時期を遅らせ、大半の社員が長期にわたって幹部としての将来を期待できる状態を維持する「遅い選抜」、職務内容の曖昧さを伴う「柔軟な職務」、定期的な人事異動とさまざまな職場でのOJTを通じてキャリア形成が行われる「インフォーマルなOJT」(決められた指導員が対象者を指導する「フォーマルなOJT」と対置される概念)、「集権的な人事部門」。これらは「有機的に関連し合う施策の束」であり、一部だけを入れ替えるのは容易ではない。
では、日本型人事管理にタレントマネジメントを導入するためのアプローチとはどのようなものか。筆者は、自社の企業文化を大事にしつつ、タレントマネジメントを導入することは可能だという。その前提として事業戦略の明確化が必要になる。その上で、個々の社員が能力を十分に発揮しているか、どのような能力開発が求められるかを把握する仕組みをつくる。タレントの可視化が進めば、事業戦略に基づくそれぞれのポジションの要件定義、さらには要件に適合する適材適所の人材配置を推進しやすくなる。その際、上司・部下の信頼関係の醸成、経営陣や社員の巻き込みといった取り組みも重要だ。
本書は日本で展開する欧米系グローバル企業や、戦略的タレントマネジメント導入を図る日本企業を調査。同時に、サトーホールディングス、味の素、カゴメの3社の事例を取り上げてタレントマネジメント適用への考え方、道のりなども解説している。本書を通じて、タレントマネジメントにより、人材力を高め、企業の競争力につなげるための道筋が浮かび上がってくるはずだ。
(評・フリーライター 津田浩司)