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トップ > 特集 DXの実現へ データドリブンが生み出す新たな価値 > P1
デジタル時代の今、データはヒト、モノ、カネに続く重要な経営資源といわれている。自社に蓄積するデータを有効に活用すればビジネスに新たな価値を生み出し、競争優位性も高められるはずだ。データに基づいた意思決定を行うデータドリブン経営の重要性への理解は深まる一方で、データ活用がうまく進まない企業も少なくないようだ。どうすればデータドリブン経営を実装し変革を実現することができるのか。取り組みを進める企業や識者インタビューから読み解く。
データドリブン経営という言葉は広く使われるようになったが、それを実践している企業は多くないのが現状だろう。データドリブン経営を実装するためには、そのための準備が欠かせない。必要な準備体制="レディネス"とはどのようなものか。そして、データドリブン経営が生み出す価値について、多摩大学大学院 客員教授の前田英志さんに聞いた。
近年、データドリブン経営への関心が高まっています。小売業における仕入れの決定などにデータを生かすといったオペレーションレベル、あるいは投資判断のような経営レベル、それぞれのレベルでデータドリブンの考え方を取り入れようとしている企業は多いと思います。ただ、その実践となると道半ばといえるかもしれません。先行企業の事例が増えつつあるとはいえ、十分なスピード感が出ていないのが実情でしょう。こうした日本の状況は、IMD※の世界競争力ランキングにも反映されています。
同ランキング(2022年)によると、日本の総合順位は63カ国・地域中34位。小項目の「ビッグデータ分析の意思決定への活用」では63位と、最下位に位置しています。
データドリブン経営を阻害する要因として、4つのポイントが挙げられます。根強いKKD(勘・経験・度胸)文化、データドリブン経営を実装する際の難度の高さ、チャレンジに対する評価の在り方、そしてレディネスの不足です。
まず、KKD文化ですが、これは主に経営層の課題といえます。トップに近い層ほど、KKDを心地よく感じるようです。経営層の意思決定の根拠がデータであれば客観的に検証し、時には異論を唱えることもできますが、KKDに基づく決定に反論するのは困難です。
次に、難度の高さが挙げられます。部門間でのデータ共有が進むほど、データの価値は高まります。しかし、日本企業の多くは強固な縦割り構造を持ち、部門間連携が苦手です。縦割りの壁を突破するためには、リーダーシップと参謀役の存在が欠かせません。
失敗を許容する文化の醸成も課題でしょう。例えば、チャレンジした結果、失敗したプロジェクトのリーダーにその後も重要な役割を任せるか冷遇するか。それは経営層からのメッセージそのものであり、社員はそれを注意深く観察しています。
最後のレディネスの不足については、何より準備の体制整備が重要だということです。準備ができていないタイミングでデータドリブンに舵を切ろうとしても、空回りしてしまうでしょう。
※ International Institute for Management Development(国際経営開発研究所)
レディネスには大きく4つの要素があり、それぞれに2つずつ項目があります。第1の要素は「戦略」で、ここでは「目指す姿」と「ロードマップ」を考える必要があります。目指す姿はいわば"北極星"であり、ロードマップは"海図"のようなもの。デジタルやデータを活用して、自分たちはどこに行きたいのか。そして、どのようなステップを踏んで北極星に近づくかを明示することが重要です。その前提となるのが現状の棚卸しで、自分たちの位置を正しく認識する必要があります。
第2は「組織・人財」の要素です。縦割りの傾向が強い企業では、これらをつなぐ横串組織の権限を高める必要があります。人財についても、部門や企業といった枠組みを超えた人の動きを活性化する方向での改革が求められます。
第3は「テクノロジー・データ」です。テクノロジーについても目指す姿を描き、優先順位を明らかにして取捨選択する戦略が必要になります。同時にデータ共有の意識を高めつつ、データの価値を具現化するための道筋を描いていきます。
第4の要素は「行動様式」です。この中の「デリバリー」の項目では、仮説検証のスピードアップを目指してアジャイル・レディネスを高める必要があります。例えば、新しいプロジェクトを立ち上げるとき、一見"詰めが甘い"ように見えても、とりあえずスモールスタートしてみる。そんな文化や行動様式を広げていくのです。もう1つの項目は「変革管理」です。変革管理では自分たちの常識を疑い、リスクを管理しながら変革を推進するマネジメントが求められます。
以上のような課題の克服は容易ではないかもしれません。しかし、それには困難に見合うだけの、あるいはそれ以上の価値があるはずです。
KKD経営は前例主義であり、根拠の薄いギャンブルに走りがちです。一方、データドリブン経営では、前例がなくてもデータなどの根拠があれば新しいことにチャレンジできます。仮に失敗したとしてもその原因を特定しやすく、次のチャレンジに生かせます。また、優秀な社員のやり方をデータで可視化・共有すれば、平均値の底上げにもつながります。
データドリブン経営への日本企業の取り組みの遅れについて指摘しましたが、それを実践して成果を出している企業もあります。例えば、グローバル展開する製造小売業A社では、まず北極星を定め、海図を用意しました。海図というのは、いわばストーリーづくりです。いつまでに何をし、その先の未来をどう描くのか。こうしたストーリーは人の心に訴えかけ、情熱を湧き上がらせます。逆に、無機質なビジネスアプローチに頼るだけでは、大きな成果は期待できません。
A社は教育にも注力しました。データ活用のスキルを組織に埋め込むことを目指し、階層ごとにトレーニングの機会をつくりました。最初に行ったのが経営層向けの研修です。データの意味や重要性について、経営層が腹落ちして理解すれば、その後の展開はスムーズになります。次にミドル層向け、一般社員向けというように、それぞれの役割に応じて実施しました。さらに専門的な教育プログラムを用意して、数カ月で10人ほどのデータサイエンティストを育成しました。
全社的なスキルアップへの取り組みを進めることで、社内では数字を共通語とする意識も高まったようです。これにより、生産性の評価や出店の判断の際、今まで以上に数字が重視されるようになりました。数字を基にした議論のため曖昧さがありません。KKD経営の時代は声の大きな人の意見が通りがちでしたが、今のA社はデータに基づく意思決定が広く浸透しています。データ活用だけが理由とはいえませんが、ここ数年業績も好調で、利益率も上昇しています。
では、一般の企業が成功への一歩を踏み出す上で必要なものは何でしょうか。先に、リーダーシップと参謀役の重要性について触れましたが、レディネスを高めるには投資も必要なため、リーダーの覚悟とコミットメントは欠かせません。また、経営企画部門などの幹部、あるいはミドル層が経営層を説得するといったケースも出てくるはずです。
経営層を説得し、納得させ「お前に任せる」と言われるよう働き掛ける。特に大企業では、誰かがそうした役割を引き受けなければならない場合も多いでしょう。では、どうすれば経営層を納得させられるのか。それは、経営層との間で一定の信頼関係のあるミドル層が、自信を持ってデータドリブン経営の価値を語ることです。信頼関係や自信があれば、その言葉にはおのずと迫力と説得力が生まれます。もちろん、そのミドル層にも責任を引き受ける覚悟が求められます。信頼関係、自信、覚悟。データドリブン経営を進める上でも、これらの人間的な要素は極めて重要です。
データドリブン経営は一気に実現するものではありませんから、レディネスの状態を踏まえて、"いま何をすべきか"を考える必要があります。ビジネス効果は、レディネスと具体的な施策との掛け算です。自社のレディネスのレベルを見極めた上で、それに適した施策を講じることが重要。例えば、アジャイル・レディネスが十分整っていないようなら、それ以外の準備ができた分野からデータドリブンに取り組んでもよいでしょう。
デジタル変革を進めるに当たり、「戦略」「組織・人財」「テクノロジー・データ」「行動様式」という4つの要素、8つのレディネスがある。まずは「戦略」の「北極星・レディネス」で目指す姿を明確にした上で、「テクノロジー・データ」領域のレディネスを上げていく。これを起爆剤として、変化に時間がかかる「組織・人財」「行動様式」に影響を与えていくというストーリーが成果を生み出す
※レディネス:準備性・学習するための心身の準備状態