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最新技術とヒューマンパワーが融合するプライシング新時代 その価値、今の値は?

江戸時代に普及して以降、「定価」がスタンダードだった「価格」の世界が今、変革期を迎えている。
キーワードは「ダイナミックプライシング」と「サブスクリプション」。
これらを支えるのは、「AIによるビッグデータ解析」などのデジタル時代の技術と、「人の感覚で需要を読む」という昔ながらのストラテジーだ。革新と伝統が共存する「新時代の価格のセオリー」を読み解く。

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  • 2019.06.01

最新技術とヒューマンパワーが融合するプライシング新時代
その価値、今の値は?

インタビュー1新時代の到来を告げる2つの価格戦略上田隆穂さん
学習院大学経済学部 教授

「価格」の世界に2つの大きな波が押し寄せている。需要に応じて価格を変動させる「ダイナミックプライシング」と、継続課金により安定した収益を目指す「サブスクリプション」だ。前者は「時価」で、後者は「定額」が基本。一見、相反する2つのビジネスモデルが、同時期にブームになっている理由は? マーケティング分野における価格研究の第一人者、学習院大学 教授の上田隆穂さんに聞いた。

価格の設定ポイントを増やせば利益が増す

写真: 上田隆穂さん 上田 隆穂(うえだ たかほ)
学習院大学経済学部 教授
1953年生まれ。78年東京大学経済学部卒業。一橋大学大学院商学研究科修了後、85年同大学商学部助手に。学習院大学経済学部専任講師、助教授を経て現職。専攻はマーケティング、価格戦略、セールス・プロモーション開発、消費者深層心理、地域活性化など。『生活者視点で変わる小売業の未来』(宣伝会議)など著書多数。

「ダイナミックプライシングそのものは、物々交換の時代から存在します。相手の様子を見て値付けし、交渉によって最終的な価格が決まる。これはまさにダイナミックプライシングです。それが江戸時代になって、越後屋(三越百貨店の前身)が反物に定価を付けるようになり、これはラクだということで、定価販売が定着していったのです」

とはいえ、価格感度は人それぞれだ。

「出せる料金の上限(WTP = Willingness to pay)は個人ごとに異なるため、価格を一点で固定してしまうと、『そんなには出せない』という顧客と、『もっと出してもいいのに』という顧客の両方を取りこぼしてしまいます。縦軸を売上個数、横軸を価格で取った三角形の面積を利益とした場合、価格を中間の一点で固定すると、全体の50%しか取れません。一方、価格の設定ポイントを増やすほど、利益は100%に近づいていきます(下図参照)」

このように、利益拡大の目的で値付けを変える戦略は、古くから存在する。

「例えば、学割や映画の平日の昼割引は『第2市場ディスカウンティング』と呼ばれる価格戦略。メーンの客層から利益を確保しつつ、特定の層には安価な料金を適用して利益機会を増やそうというものです。そのほかに、『ランダムディスカウンティング』(ランダムな安売りでお買い得感を訴求しつつ、安売りに関心のない層に利益で貢献してもらう)や、『地理的プライシング』(競争の激しい地域では価格を下げ、その他の地域で利益をカバー)などもダイナミックプライシングに分類されます」

ダイナミックプライシングのイメージ

画像:ダイナミックプライシングのイメージ

AI技術の進歩で分析・反映が秒単位に

今日、ダイナミックプライシングが新たな脚光を浴びているのは、こうした昔ながらの価格戦略に、デジタル時代の武器が加わったからだ。

「ネットショッピングの普及や誰がその商品を買ったかまで分かるID-POSデータの登場によって、消費者の購買動向がビッグデータ化され、個人が支払える価格の上限(WTP)を、AIで詳細に分析できるようになりました。WTPは人によってもタイミングによっても異なりますが、その時々の最高値に合わせられれば、最大の利益を取れる。加えて、ネットはもちろん、実店舗でも、電子値札で瞬時に料金を変化させられるような環境が整ってきた。こうした背景から、ダイナミックプライシングが急速に広まっているのです」

もっとも、消費者個人ごとにカスタマイズするような価格設定は、なかなか理解を得にくいものだ。

「高く支払う顧客には、その人の購買動向に応じた"お役立ち情報"を提供したり、『1%はチャリティーに寄付する』といった公共性をアピールしたりするなど、コストがあまりかからない付加価値を工夫すべきでしょう。『阿漕(あこぎ)だ』と思われてブランドイメージを落とさないよう、長期的な視野で価格を考えることが必要です」

"ゆとり"を求める心理とサブスクリプション

一方の「サブスクリプション」は、利用期間に応じて対価を支払うビジネスモデル。多くの場合「定額制」と同義で使われる。こちらも、遊園地の年間パスやスキー場のシーズン券といった形で、古くから存在していたものだ。その後、ソフトウエアや音楽配信、動画配信などのデジタル系サービスによって定着し、最近では美容院の通い放題から、服やバッグの使い放題まで、飛躍的に裾野を広げている。

「サブスクリプションが消費者から支持されているのは、『いくら利用しても定額』『いつでも利用できる』という"ゆとり"や、『ゆとりを享受している』というステータスそのものが受けているからでしょう。一方、企業側から見れば、サブスクリプションの料金には実質利用代に加えて『ゆとり&ステータス代』が含まれるため、大変利益が出やすい仕組みです」

継続課金によって安定した利益を上げることができるサブスクリプションは「長期的な関係性マーケティングへの意識が強い企業に向いている」と上田さんは話す。

「その半面、サブスクリプションには『顧客がマニアばかりだとビジネスが成り立たない』という落とし穴もある。それほど頻繁に利用しないユーザーもいて、初めて採算が取れるのです。しかし、利用頻度の少ない顧客は、何のフォローもせずに放置していると、すぐに解約してしまう。サブスクリプションのビジネスを成功させるには、ファンの形成が重要な要素です。SNSなどを使い、『やめさせない工夫』や『顧客との関係性を維持する工夫』が欠かせません」

ダイナミックプライシングもサブスクリプションも、企業と顧客の双方にメリットのあるビジネスモデルだが、上田さんが指摘するように、課題も多い。次のページからは、実際に導入している企業の取り組みを見ていきたい。

2つの価格戦略の台頭

写真:2つの価格戦略の台頭

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    「AI+人の発想力」で最適なプライシングを目指す
    「メトロエンジン」

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