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トップ > 特集 最新技術とヒューマンパワーが融合するプライシング新時代 その価値、今の値は? > P2
江戸時代に普及して以降、「定価」がスタンダードだった「価格」の世界が今、変革期を迎えている。
キーワードは「ダイナミックプライシング」と「サブスクリプション」。
これらを支えるのは、「AIによるビッグデータ解析」などのデジタル時代の技術と、「人の感覚で需要を読む」という昔ながらのストラテジーだ。革新と伝統が共存する「新時代の価格のセオリー」を読み解く。
宿泊業界を中心に、レンタカーや高速バスなどの各業界でレベニューマネジメント(需要を予測して売り上げの最大化を目指す販売管理)サービスを提供する「メトロエンジン」。同社のサービスの肝となるのが、AIを活用したダイナミックプライシングだ。その具体的な取り組みを紹介する。
メトロエンジンが手掛けるダイナミックプライシングは、大きく分けて二つのプロセスで実施されている。一つは「需要予測」。もう一つが、需要予測に基づき価格を変更し、その価格に消費者がどの程度反応したかをAIに学習させながら行う、「価格の最適解の追求」だ。同社の代表取締役 CEOの田中良介さんは、その流れをこう説明する。
「需要予測の立て方には、分野によっていくつかの方法があるのですが、当社が手掛けるホテルやレンタカーといった分野の場合、『人の動きによって経済活動がある程度説明できる』ということがポイントです。イベントや曜日、インバウンドが増えるシーズンなど、『この時期にこのぐらいの人が動く』『このタイミングでこのエリアに人が集まる』といった情報と、需要が非常に高い相関性を示します」
複数の業種を手掛けるメトロエンジンでは、さまざまなデータが得られるため、予測を「横展開」できるのが強みになっているという。
「例えば当社では、日本全国のホテルの稼働状況を把握しています。現時点での予約状況を見て、その日は実際には何人ぐらいの宿泊客がやって来るかという予測を立てるのですが、この情報はレンタカーの需要予測にも応用できます。予測の精度を決めるのはデータの質と量。複数の分野のデータをクロスオーバーさせることで、さらに精度を上げていくことができるのです」
ダイナミックプライシングの技術といえば、AIが注目されがちだが、予測の精度を上げるためには、「人の視点が欠かせない」と田中さんは語る。
「予測と実績に差異があっても、なぜ差異が出たのかまでは、AIには分かりません。その理由を探るのが人間、すなわちデータサイエンティストの仕事です」
現在、メトロエンジンでは、JR東日本の新幹線の需要予測について実証実験を行っており、そこで「人の視点」が活躍したケースがあったという。
「通常は乗客数の予測と結果が±100人程度の差異であるものが、ある日に限っては3000人もの差異が出たことがありました。明らかに当社のデータに含まれない何らかの理由が影響していたのです。そこでデータサイエンティストが各所へのヒアリングを重ねていくと、その日はある国立大学の入試日の2日前だったことが判明しました。コンサートなどのイベントであれば当日に移動するのでしょうが、受験の場合は時間に余裕を持って移動する人が多いため、大きく予測と異なる結果になったわけです」
ちなみに、過去の実績データのみで行った新幹線の需要予測では、結果との差異が15%ほどあったのに対し、メトロエンジンが予測したところ、差異が約2%までに下がった。これも「データサイエンティストの腕」によるところが大きいという。
「AI技術は進化していますが、柔軟な発想力を生かした人間ならではのスキルは、まだまだ必要だと実感しました」
ところで、新幹線の乗車料金のような、現状では法律で価格変更が規制されている分野について、ダイナミックプライシングはどのように適用されるものなのだろうか。
「例えば、割引チケットなどを出すことによって、閑散期に利用するメリットを高めることが考えられます。混雑しそうな日の前日に割引チケットを出せば、利用者を分散させることも可能でしょう。年末の帰省で、少し早めに帰った方がお得だという認識が広まれば、駆け込みで12月30日に新幹線を利用する代わりに、帰省予定を少しだけ前倒しするインセンティブになるかもしれない。そういう発想です」
一方で、ダイナミックプライシングには「値段が上がる」というイメージを持つ消費者も現状では多く、それが定着への課題の一つだとも考えられている。
「ダイナミックプライシングの本質は、価格が変動しても、そのサービスを利用したい人がいることで成立するという点にあります。混雑時は多少高価にはなりますが、確実にそのサービスを受けられますし、閑散期を選べば通常よりも安価になります。『高くなる』というイメージが先行している部分はありますが、消費者には確実に、何かしらのメリットがもたらされるという理解が浸透すれば、こうした意識も低くなるのではないでしょうか」
また、社会の変化も、ダイナミックプライシングの定着を後押しするのではないかと、田中さんは考えている。
「ダイナミックプライシングの基本的な考え方は、『供給に上限がある』ものに対して、『需要が供給を上回る』場合に、適正な価格を付けようというものです。その意味では、今や人の給料もダイナミックプライシングに近づいています。新卒者に1500万円の年俸を出す企業が登場したり、フリーランサーという働き方や副業が認められつつあったりするのも、人の時間や人材という『限りあるもの』に対して、最適な価格を付けようという動きの表れだと思います。このような流れが一般的になると、ダイナミックプライシングは、より人々に受け入れられていくものだと考えています」
ダイナミックプライシングの基本的な考え方