今回紹介する映画は、2月24日(現地時間)に開催されたアカデミー賞の授賞式で、「作品賞」「脚本賞」「助演男優賞」の3部門を受賞して話題となっている「グリーンブック」です。同名のガイドブックは、人種隔離政策時代に自動車で旅行する黒人のためにアメリカで刊行されていました。その背景にはこの当時、黒人が電車やバスなどの公共交通機関や、宿泊施設、ガソリンスタンドなどを自由に利用できなかったという事情があります。
レストランにトイレにホテル、生活空間が完全に白人と黒人で隔てられ、ほとんどの場所に黒人が入ることが許されなかった時代。どこならば黒人も利用できるのかが記された、必携のガイドブックがグリーンブックでした。
このようにグリーンブックについて説明すると、「人種差別がテーマの重い映画か……」と気が進まない人もいるかもしれません。
実際、劇中に登場する理不尽すぎる差別の数々に、「これがたった60年ほど前の話だなんて」と驚愕(きょうがく)してしまうかもしれません。しかし、この映画は、真逆の価値観を持つ2人の中年おやじの痛快なロードムービーで、とにかく重くないんです。
むしろ、劇場から出るころには、気兼ねない友人とめっぽううまい酒を飲んだ帰り道のごとく、不思議と心があたたかくなっています。
本編のストーリーは、無学でけんかっ早いイタリア系の用心棒トニー・リップ(ヴィゴ・モーテンセン)が、孤独な天才黒人ピアニストであるドクター・シャーリー(マハーシャラ・アリ)の運転手となるところから始まります。価値観も真逆の2人が黒人用の旅行ガイド「グリーンブック」を頼りに、人種差別の激しいアメリカ南部を8週間かけて旅し、途中さまざまなトラブルに見舞われながらも、シャーリーのコンサートツアーへと向かいます。
1962年のこの旅は、本作の脚本にクレジットされているニック・バレロンガが父トニー・リップから幾度となく聞かされてきた実話です。孤高の天才ピアニストと呼ばれたドクター・シャーリーは、巨匠ストラヴィンスキーに「神の域の技巧」と絶賛され、ケネディ大統領のためにホワイトハウスで演奏していた人物だそうです。
本作の監督は「メリーに首ったけ」(1998年/米)などのコメディー映画で知られる、ファレリー兄弟の兄であるピーター・ファレリー。だから差別という重いテーマを扱っている映画にもかかわらず、コメディタッチであっけらかんと笑えてしまいます。
粗野で無学な白人と、博識でエレガントな黒人。普段なら住む世界の異なるこの2人が織りなす化学反応を見ているだけで、知らない世界に触れる喜びに改めて気づかされるんです。
例えば、普段なら絶対に口にしないジャンクフードを、ひょんなことをきっかけに食べてその旨味を知ったり、日ごろ聞かないジャンルの音楽に触れ、その魅力を見いだしたり。長期間の旅だからこそ、これまであえて日常的にチョイスしてこなかったことに出くわしていく2人。
いつもなら避けてきた選択で、新しい人生の楽しみを知っていく様子は、代わり映えしないと思っている毎日でも、未知の扉を開く楽しみがまだまだ残されていることを教えてくれます。ありきたりな表現ですが背中を押されるようで心地良く、タイプの違う彼ら2人のちょっとしたズレも、いちいち軽妙なのです。
異なるタイプの人間たちが絆を結んでいく作品ですから、日本でも異例のヒットを飛ばした「最強のふたり」(2011年/フランス)や、余命宣告された男たちのロードムービー「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」(1997年/ドイツ)といった作品群が好きな人にも、おすすめです。
さて、この時代に立場が逆転している2人は、はたから見ればさぞかし珍しい関係に映ったことでしょう。
しかもその2人がその後、一生続くような真の友情を築き上げていきます。
出会ってから50年以上も親交を続け、2013年に2人は亡くなりましたが、この世を去った時期もわずか3カ月の差だったそうです。
この物語から得た人生のヒントは、「友人」とは作ろうとしてできるものではなく、気がつけばできているものだということ。
SNSの普及により、現代はイベントや交流会にあふれ皆、人脈づくりにいそしんでいます。「友人と知人」の境目は曖昧になり、友人の概念はアイスティーにいれたミルクのように薄まっているように見えます。Facebookの「友人」は、実は街ですれ違っても気づけない人だったりするのではないでしょうか。
しかし、この映画は教えてくれます。「目的のない人脈づくりは、もういらない。真の友人は自分が信念をもってまっすぐに人生を歩んでいれば、自然と現れる」ということを……。
楽しいイベントや出会いに目がくらみ、実際に行くと疲れるだけという行為を繰り返している人は、この映画を観て友情とは数より質が大事だということを再認識してはいかがでしょうか。
シャーリーとトニーの友情のまばゆさは、こんな時代だからこそ深く心に刻まれることでしょう。