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映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第10回「1917 命をかけた伝令」篇 過酷な状況での粘り強さが人生の質を変える映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第10回「1917 命をかけた伝令」篇 過酷な状況での粘り強さが人生の質を変える

デビュー作の映画「ロッキー」(’76)で、主演と同時に脚本を書き上げ、ハリウッドのスターダムに駆け上ったシルベスター・スタローンは、自身で70回脚本を書き直しました。「ハリー・ポッター」(’01)のJ・K・ローリングだって原稿を12回も却下されても出版を諦めませんでした。
偉業を成し遂げる人物には、必ず粘り強さが備わっています。誰にでもあるはずなのに最後まで保てないことが多い「粘り強さ」。
だからこそ、それをもって目標を制したものの物語はいつだって私たちを感嘆させます。今回は実際にあった戦時中の伝令と作戦のエピソードをもとにした映画のお話です。

見出しアイコン若い兵士2人が部隊を救うべく
メッセージを届ける

1917 命をかけた伝令 劇中写真
1917 命をかけた伝令 劇中写真

映画の舞台は第一次世界大戦がはじまってから、およそ3年が経過した1917年4月のフランス。連合国軍とドイツ軍が西部戦線で対峙する中、イギリス軍兵士のスコフィールド(ジョージ・マッケイ)とブレイク(ディーン=チャールズ・チャップマン)に、ある任務が与えられます。それは撤退したドイツ軍を追撃するべく進軍中の味方の部隊を追って、重要なメッセージを届けること。

実はドイツ軍が豊富な最新兵器を揃えて待ち構えていることが判明して、このままではイギリス軍1600人の全滅は免れないと言う危機一髪の状況。一刻を争う中、兵士2人が己の力の限界を突破し、部隊の命を救うべく伝令のために走り続けます。
タイムリミットが迫る中、死体の山、敵が仕組んだ罠、行く先々で銃弾や爆弾をくぐり抜け、突撃停止の命令を届けるべく、ただひたすらノンストップで走るスコフィールドとブレイク——。
映画のプロットは、とにかくシンプル。走って、手紙を届けるだけです。
しかし、最も簡略化されているものほど、制作陣たちの実力が浮き彫りになるから面白いともいえます。
今月7日に発表された、アカデミー賞の前哨戦であるゴールデングローブ賞においてもこの映画は、作品賞(ドラマ部門)に選出されました。そして同時に監督賞もW受賞したのは名匠サム・メンデス。
「アメリカン・ビューティー」(’99)でオスカーを受賞し、「007スカイフォール」(’12)ではシリーズ最高の興行成績を記録しましたが、この映画でも本年度のオスカーを争うことになるでしょう。
そして撮影監督はロジャー・ディーキンス。ディーキンスの撮影といえば、「ブレードランナー2049」(’17) でオスカー撮影賞を見事受賞。それ以外の撮影でもこれまでにアカデミー賞に13回ノミネートされ、圧巻の映像を届けてくれるまごうことない名手です。

見出しアイコン戦場を再現した
驚異のワンカット撮影

1917 命をかけた伝令 劇中写真
1917 命をかけた伝令 劇中写真

そしてこの映画の特筆すべき点は、ワンカットで撮影されたと言う事実でしょう。
さて最近、業界での流行といえばもっぱらワンカット。マイケル・キートンの返り咲きが話題となったアカデミー賞受賞作「バードマン」(’14)や、邦画界でも「カメラを止めるな」(’17)のワンカット映像は記憶に新しい。しかし、この映画は今までのどのワンカット映画よりも過酷なことにチャレンジしています。なぜなら、舞台は戦場だから…。命がけの360度、過酷な戦場。銃弾が飛び交い、爆撃に狙われる——。
息つく間もなく命を狙われ続ける戦場を、彼らとともに進み、この作戦の生放送を最も近い場所で見ている感覚といって間違いはありません。緊張と恐怖と安堵が順々に、休む間もなくやってきます。
ちなみにアクションも、ほぼ実写だったとか。なんたる挑戦なのでしょう。
俳優・カメラマン・キャスト…。幾度となくリハーサルを積み重ねて、製作陣全体が1秒単位も狂いがないように、ピッタリと息があってないとできないもの。縦横無尽のカメラワークで撮影されるこの映画は、いうまでもなく誰か1人がミスをしたら、すべてを最初からやり直さなければいけない状況でつくられたのです。「プライベート・ライアン」(’98)や「ダンケルク」(’17)に並び、かつての戦争映画の歴史を塗り替えることは確実でしょう。
主人公と戦場をともにすることで今を生きることの難しさと、尊さ。それが全身を駆け抜けていくー。さらに驚くべきことに、全編ワンカット撮影が話題の映画にもかかわらず、そういったテクニカルに関する技術面だけでなく、ドラマの部分が非常に濃密でした。

見出しアイコンハードな環境に身を置いて
「GRIT」を伸ばす

1917 命をかけた伝令 劇中写真
1917 命をかけた伝令 劇中写真

さて、冒頭に述べた粘り強さについて言及しましょう。
どこで売っているのかさえ分からない「やり抜く力」。これを自分のものにするには、何が大事なのでしょうか。
「GRIT」という言葉を聞いたことがありますか? マーク・ザッカーバーグが成功の秘訣と明言して、前アメリカ大統領オバマ氏も、スピーチでその重要性について説いたGRIT。この言葉は「Guts度胸」「Resilience復元力」「Initiative自発性」「Tenacity執念」の頭文字からとられました。
スティーブ・ジョブズ、コリン・パウエル、マイケル・ジョーダンなどの成功者も、子供の頃は平均的な成績の生徒でした。しかし、GRITの精神を持ち目標達成にかける情熱がほかの人よりも強かったことで、成功に結びついたと評されています。そしてこのGRITというのは年令に関係なく伸ばせるのだそうです。
GRITを伸ばすには大事な要素がいくつかあり、あえてハードなことに挑戦せざるをえない環境をつくることが最も重要なファクターの1つとされています。
まさに、主人公の2人の兵士がこの過酷な職務を全うすることを決断したときの勇敢さが目に浮かびました。
そして、彼らと同様にこの「やり抜く力」は、この兵士たちと同じ体験をしてもらうために、長回し撮影法を選択した製作スタッフや役者たちの中にも根付いていると確信します。
サム・メンデス監督はこう語ってくれました。
「当初から本作はリアルタイムで語るべきと考えていた。兵士の動きの1つひとつや息づかいは必要不可欠な要素だ。だから“長回し”で撮影すべきだと」。
果敢な選択をした製作陣の真心は、作品のテーマに見事にリンクしているといえるでしょう。

この映画は教えてくれるのです。
過酷な状況下での粘り強さが、人生の質を変えてくれることを。

【2020年1月作成】
映画情報アイコン
1917 命をかけた伝令
配給:東宝東和 
©2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.
2020年2月14日(金)全国ロードショー
2019年/アメリカ
監督:サム・メンデス(『アメリカン・ビューティー』『007スカイフォール』)
脚本:サム・メンデス、
クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
出演:ジョージ・マッケイ、
ディーン・チャールズ=チャップマン、
ベネディクト・カンバーバッチ、コリン・ファース、
マーク・ストロングほか
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東 紗友美(ひがし さゆみ)
映画ソムリエ
成城大学文芸学部卒業。4年間在籍した広告代理店を退職し、映画の道で活動していくことを決意。その後、映画ソムリエとしてフリーで活動。映画館に通う人を1人でも多く増やし、映画業界を盛り上げるべく、映画イベントのMCや映画コラムの執筆、映画系の番組への出演など幅広く活躍している。
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