戦艦大和は第2次世界大戦時、日本の最高技術で建造された全長263メートルの巨大戦艦です。当時世界最大の46cm主砲を搭載し、日本の古称・美称にちなんで名付けられました。
しかし、連合艦隊旗艦にもなった大和は、鹿児島県・坊ノ岬沖の海戦で散ってしまいます。この時、乗員3332人のうち、生還者はわずか276人。撃墜した敵軍の戦闘機はわずか3機だったということです。
その力を十分に発揮することなく沈んでしまった悲劇の戦艦・大和を2019年、世界トップクラスのVFX技術でよみがえらせたのが、山崎貴監督です。
山崎貴監督といえば、「永遠の0」(2013年)でも第2次世界大戦時の日本を描き、高く評価されたことで知られています。また、「ALWAYS三丁目の夕日」(2005年)や「海賊とよばれた男」(2016年)といった話題作も手がけ、それぞれの時代を臨場感たっぷりに再現し、映画館をさながら「私たちを過去へといざなうタイムマシン」としてきました。
来る2020年東京オリンピックの開閉会式演出も担当する同監督がスクリーンに描き出す戦艦大和の雄姿は、間違いなく「映画館で見る価値がある」と断言できる迫力を伴っています。
ここまで戦艦大和について述べてきましたが、実はこの映画に戦闘シーンはほとんどありません。
原作となったコミックと同じ、古代ギリシアの数学者アルキメデスに由来するこのタイトルから推測できるかもしれませんが、本作の物語の軸は「数学」なのです。
本作の主人公は、東京帝国大学数学科を中退したものの、100年に1人の天才数学者と呼ばれた弱冠22歳の櫂直(かいただし)。
演じるのは、どんな役柄でも憑依(ひょうい)したように演じてしまう演技派俳優・菅田将暉です。
「巨大戦艦を建造すれば、その力を過信した日本人は、必ず戦争を始める」
海軍少将山本五十六に諭された若き天才は、巨大戦艦が建造され、国民の意識が戦争に向かうことを数字の力を使って阻止すべく、不可能としか思えないミッションへ挑んでいきます。
そんな超頭脳派である櫂直は、身近のものは机から床まですべて巻き尺で計測するほど数字にこだわり、何気ない会話にも常に数字が登場します。
そして、常に「数」というフィルターを通して世界を見つめる彼の発言には、どんな年長者さえも黙らせる異様なまでの説得力があるのです。
「数字は大事」。ビジネスパーソンなら耳にタコができるほど聞いたことのある常とう句でしょう。
なぜ数字は重要なのでしょうか。本作は、そのことが改めて理解できる映画となっているのです。
私自身は数字に弱く、平成で表される年と西暦で表される年の対応すらおぼつかないまま令和を迎え、さらに混乱している始末です。
これまでの私にとって、あまりにも多くの数字が使われる会話は、「心」を的確に伝えられるような表現から離れたもので、なんだか味気ないというイメージをもたらすものでした。
しかし、本作を見て、そのイメージが覆されました。
どんな状況においても「数字がないと何もイメージできない」ことが深く理解できたのです。
人間がコミュニケーションをする上では、数字があったほうが脳の中で明確なイメージが浮かび、細かなニュアンスが共有されます。それは、聞く人の脳内に、詳細な地図を広げることにも似ています。
また、数字は具体的なほど詳細なイメージを喚起します。会話であっても、文章であっても、できる限り具体的な数字が含まれていた方が「丁寧」だし、「誤解」も生まれないのです。
歌謡曲の曲名やアイドルグループ名といったキャッチーさが要求される分野でも、「君のひとみは10000ボルト」や「AKB48」などの秀逸なネーミングがあります。数字を上手に使うことで、言葉を受けとる人に、より深い印象を与えることも可能なのです。
本作は、数字を上手に使うことでむしろ会話に彩りが生まれるという事実を、上質なスクリーン体験とともにしっかりと私たちに伝えているといえます。
私たちは櫂直のような天才数学者にはなれませんが、日常会話の中で具体的な数字を使うことによって、「数字に強くなる」訓練は可能です。
「かなり安かった」ではなく「A店よりも1000円安かった」
「すぐ向かいます」よりも、「10分以内に到着します」
「このアプリは皆が使っている」よりも「100万ダウンロードされた」などと言った方が、明らかにイメージが伝わりやすくなります。
1秒、10人、100円……
どれだけ価値観の違う人間が集まっても、数の概念だけは変わりません。そのため、数字うまく使えばプレゼンにおいても、十人十色の人間の意見を1つにまとめることができるでしょう。
本作について、主演の菅田将暉と山崎監督はこう語っています。
菅田「(この映画は)今やらなければいけない作品だと思いました」
山崎「この戦艦大和が抱えていた問題を考えることは、実は今の日本につながるのではないかと感じました」
2人のこの映画に対する真摯な思いを、そこから読み取ることができます。
実は、この映画には1つのサプライズが存在します。映画の核心に至る部分ともなってくるので、本稿では具体的に触れませんが、数学で世界を動かそうとする男の物語を通して、今我々が直視しなければいけない問題が、本作では描き出されていました。
上映後、試写室は映画への賛辞と、拍手で満ちていました。
2人のメッセージの真意を考えながら、戦艦大和の艦尾で風になびく日の丸の旗を思い出し、しばらくその余韻が私の心を捉えて放しませんでした。