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映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第9回「フォードvsフェラーリ」篇 伝説のドライバーに学ぶ調整役の極意映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第9回「フォードvsフェラーリ」篇 伝説のドライバーに学ぶ調整役の極意

突然ですが、私は男たちの泥臭くて、熱くて、エネルギーが充満したカーレースの世界が大好きです。
カーレースという死に最も近い職業を選んだ男たち。それ故、彼らの放つ「生のエネルギー」の迫力に圧倒されて、住む世界がまったく異なる私でも取り込まれてしまいます。

今回紹介する映画は、1966年の「ル・マン24時間耐久レース」を舞台に、絶対王者フェラーリに挑んだ男たちのドラマを、演技派のマット・デイモンとクリスチャン・ベイルが演じる話題作。アカデミー賞ノミネート俳優たちは、演技でも激突し、見ごたえがたっぷりで、最後まで飽きさせません。

見出しアイコンル・マンを舞台に
フェラーリに挑んだ男たち

フォードvsフェラーリ 劇中写真

物語は1960年代前半。凄腕レーサーとして名を馳せたが、その後心臓の病のためドライバーを引退し、気鋭のカー・デザイナーに転身し活躍するキャロル・シェルビー(マット・デイモン)。
彼のもとに、アメリカ最大の自動車メーカー、フォード・モーター社から新たなレースカーの開発依頼のオファーが届きます。

それは自動車耐久レースの代名詞ともいえる「ル・マン24時間耐久レース」で、モータースポーツ界の頂点に君臨する、イタリアのスポーツカーメーカー・フェラーリに勝てる車を作ってほしいという途方もない依頼でした。
その当時、1960年から1965年までル・マンを6連覇していたフェラーリは、モータースポーツ界の絶対王者でした。
次のル・マンまでたった90日しか準備期間がない危機的な状況の中、シェルビーが真っ先に足を向けた先は、凄腕でありながら破天荒でスピード狂のイギリス人ドライバー、ケン・マイルズ(クリスチャン・ベイル)のもとでした。

シェルビーと手を組んだケンは、圧倒的な実力を持ちながらも怒りっぽく気性の荒い性格も災いして、フォードの重役たちと対立してしまいます。
フェラーリを打ち負かす車を作れるのかという技術面だけでなく、フォードサイドとの人間関係も思うようにいかない状況ながらも、シェルビーとマイルズは史上最高のレーシングカーを生み出すため、固い絆と友情で結ばれていきます。
そしていよいよ、フェラーリとの決戦の地ル・マンの舞台に乗り込んでいくのでした——。

見出しアイコンフォード2世と
エンツォ・フェラーリの確執

フォードvsフェラーリ 劇中写真

まずこの依頼の背景として、祖父のヘンリー・フォードから巨大なビジネスを受け継いだフォード2世は、フェラーリの買収計画を進めてきたという事情があります。しかし契約成立直前、レース部門を手放したくないと判断した創業者のエンツォ・フェラーリが態度を翻して交渉は破談に終わり、2社の間に大きな確執が生まれていました。
エンツォの行動に激怒したフォード2世は、打倒フェラーリを掲げ、あらたなレースカーを作るべく、シェルビーに不可能かと思われるこの案件をオファーすることとなりました。

この映画は「フォードvsフェラーリ」という、オーナー同士の対立から生まれた巨大な企業戦争の裏側で、企業間のエゴや執念とは別のところで不可能に挑戦していた、男たちの泥臭くアツイ生き様に感銘を受けます。
大企業からの重圧。厳しい状況下でも自分のポリシーを貫き通した男たちの姿勢は、観るものの心に必ずや火をつけてくれるでしょう。

映画の率直な感想に触れると、まさしくIMAXで観るべき豪華さがありました。特に見所なのが「グラン・プリ」(‘66)と「栄光のル・マン」(’71・スティーブ・マックイーン主演)を参考にしたという、映画終盤の約40分にわたる臨場感に満ちたレースシーン。
スクリーンの前を通り抜けていくレーシングカー。7000回転を越える世界は、まるでブラックホールをくぐり抜けるような未知なる世界を疑似体験させてくれるような凄みがありました。

また、重力や振動に反応するドライバーたちのクローズアップショットからも目が離せません。撮影セットもフランスのル・マンの場所によく似た場所を探し、最終的にジョージア州の田舎町にル・マンの観客席とピットを建設し、セットまでも完全に再現しました。現在もル・マンの耐久レースはフランスで開催されていますが、当時と場所が異なっているため、すべての観客席を作り直したとのこと。

完璧に再現されたセットを走る車、カークラッシュに轟音。時を遡って、まるで生でレースを参戦しているかのような迫力に、思わず冷や汗が流れ、高揚感を得ることができます。

見出しアイコン唯一無二の存在、
シェルビーのリーダーシップ

フォードvsフェラーリ 劇中写真

コブラ、シェルビーGT350など、後世に残る名車を数々創り上げたキャロル・シェルビーはドライバーであり、技術者であり、経営者であり、モータースポーツの世界では唯一無二の輝きを放つ存在でした。
そんな彼がフォード社とドライバーの間に入り、チームメンバーそれぞれが最大限に力を発揮するため、円滑に仕事を行えるようにチームを整える「調整役」としてもキーパーソンになっていきます。

シェルビーの行動からまず、ここぞというときに自分から前に進み、決定権を持つ人の背中を押す「強引さ」がプロジェクトを加速させることが読み取れます。次に、相手がどんな人間でどんな交渉をすれば物事が円滑にすすむのか、即座に判断するためには「取材力」が必要。ときには1歩踏み込んででも相手を知るチャンスを逃してはなりません。
最後にもっとも重要なのが「メンバーを信頼する力」です。おおいなる決断を前に己や先方の希望だけを述べ「こうしてほしい」と強引に相手を説得するのではなく「君に任せるよ」と言えるか、否か。相手にきちんと信頼が伝われば、人は良い決断ができるのです。

物語中で問題が起きたときにキャロル・シェルビーのとった行動はリーダーの資質が垣間見えます。
人と人に挟まれている板挟み状態であればこそ、綿密な取材を重ね、いざというときには己の行動力で問題を解決していく姿勢が大事だということが、教訓として伝わってくるのです。
この映画では、彼の決断がどう伝説的レースの分岐点になっていくかも注視してほしいポイントです。
ライバル企業に勝つため、わかり合えない上司に勝つため、自分に勝つため、ひたすら技術を磨くドライバー、ケン・マイルズの生き様を映すドラマにも熱くならずにいられません。

最後に、当然ながらレースには、順位という確かな結果がついてきます。
プロセスと過程、どちらが大事なのかという話もよく話題に上がりますが、この作品から読み取れるのは、結果とは一過性の過程のひとつに過ぎないということ。
目標に向かって進んだ後に行き着いた結果は、一つの到達点ではあるものの、また新たな未来に向かう過程の初めの一歩だとこの作品は教えてくれます。

【2019年12月作成】
映画情報アイコン
フォードvsフェラーリ
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン 
©2019 Twentieth Century Fox Film Corporation
2020年1月10日(金)全国ロードショー
2019年/アメリカ
監督:ジェームズ・マンゴールド(『17歳のカルテ』『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』)
脚本:ジェズ・バターワース、ジョン=ヘンリー・バターワース、ジェイソン・ケラー
出演:マット・デイモン、クリスチャン・ベイル、
トレイシー・レッツ、カトリーナ・バルフ、
ノア・ジュプほか
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東 紗友美さん写真
東 紗友美(ひがし さゆみ)
映画ソムリエ
成城大学文芸学部卒業。4年間在籍した広告代理店を退職し、映画の道で活動していくことを決意。その後、映画ソムリエとしてフリーで活動。映画館に通う人を1人でも多く増やし、映画業界を盛り上げるべく、映画イベントのMCや映画コラムの執筆、映画系の番組への出演など幅広く活躍している。
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