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映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第12回「オフィシャル・シークレット」篇 実在の女性諜報員に学ぶ生活を変える“決断の極意”映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第12回「オフィシャル・シークレット」篇 実在の女性諜報員に学ぶ生活を変える“決断の極意”

諜報員(スパイ)。この言葉から、どのようなイメージが浮かびますか? 選ばれしもの? 変装のプロ? 秘密組織? 映画の主役? 自国のためならなんでもしてしまうような非情で冷酷な存在?
たしかに、諜報員という職業は、自分には到底縁のない世界の話に聞こえがちです。しかし諜報員にだっていろんな人がいます。今回は近しい友人のように、告発をめぐってもがき葛藤する一人の女性諜報員の映画をご紹介します。

見出しアイコンイラク侵攻を止めようとした
告発事件の実話

オフィシャル・シークレット 劇中写真
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イラク戦争開戦前夜に英米政府を揺るがせたとある告発事件を、キーラ・ナイトレイ主演で映画化。実話を基にした緊張感走るサスペンスタッチの人間ドラマです。

2003年1月、イギリスの諜報機関GCHQ(政府通信本部)で働くキャサリン・ガン(キーラ・ナイトレイ)は、アメリカの諜報機関NSA(国家安全保障局)から届いた一通のメールを見て驚愕します。
そのメールとは、大量破壊兵器の証拠が見つからないイラクに対して、英米がイラク侵攻を強行するため、国連安全保障理事会のメンバーに対する違法な盗聴活動を指示する内容でした。その内容に強い怒りを感じた彼女は、昔の同僚を通じてマスコミへのリークを決意します。
2週間後、オブザーバー紙(イギリスの新聞社)の記者マーティン・ブライト(マット・スミス)により、彼女のリークしたメールの内容が記事化され、告発されます。
英国の諜報機関GCHQでは、リークした犯人探しが始まり、職員一人ひとりへの執拗な取り調べが繰り返される日々が訪れるのでした。

ついにキャサリンは自分がリークしたことを名乗り出ますが、決死の告発も空しくイラク侵攻は開始され、彼女は起訴されてしまいます。
キャサリンを救うため、人権派の弁護士ベン・エマーソン(レイフ・ファインズ)らが立ち上がりますが、相手は政府。当然、簡単に勝てる相手ではなく、精神的にもボロボロになっていく彼女を待ち受ける驚きの結末とは・・・・。

見出しアイコン強さと弱さが共存した
身近に感じるヒロイン

オフィシャル・シークレット 劇中写真
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数あるスパイ物の中でも、この作品をとりわけ身近に感じるのには訳がありました。
それは、一言で言えば実在の人物・キャサリンの人間性です。彼女はこの手の政府の不正を暴くタイプの主人公としては、決して強い存在とは言えません。しかし、正義感だけでなく、精神的にもきちんと弱い部分を兼ね備えているから、むしろその人間味こそリアルに感じて目が離せなくなるんです。
彼女は、無理やりイラク侵攻を進めようとするNSAからのメールを見て「危険な行為かもしれない」と感じながら、即断で告発を決意します。しかし、リークしてからの日々が予想外なものでした。

「こんな危険な橋を渡るべきではなかったかもしれない。私が告発したことがバレてしまうのでは?」と苦悩の日々が続くこととなります。部屋の中に隠しカメラや盗聴器が仕込まれているのでは、という心配からパラノイア(妄想症)的な症状に陥ってしまったり、夫との幸せな暮らしもあの手この手で奪われそうになり、自分のリークを「正しかった」と思いながらも、心のどこかで「すべきことじゃなかったかもしれない」と葛藤し続ける日々。
巨大な組織を敵に回すのは簡単なことではないですよね…。
自分の人生自体がいとも簡単に不安定な状態となってしまうリスクがあるのですから。

見慣れた映画のスパイたちは自分の行動に自信を持ち、どんな時もたくましく邁進しますが、この映画に登場するキャサリンは後悔を抱え葛藤しながらも、自分自身の告発に勇気を持って向き合っていきます。どんな人間にも、強さと弱さが共存していることが体現されていて、諜報員という存在が隣人のように近しい誰かに思えてきます。

見出しアイコン決断で重要なことは
スピード

オフィシャル・シークレット 劇中写真
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NSAからのメールのリークを決意するまでにそれほど時間がかからなかった彼女。電子メールを見て、すぐさま席を立って、プリントアウトするためにコピー機に向かう強い眼差しはとても印象的でした。自分が所属する組織を裏切ることになるため、瞬間的に悩んだものの、強い信念がそれを越えていく緊張感のある力強いシーンでした。
その勇気ある行動が、のちに国家と国際機関の過ちを正していきます。

決断には、スピードが重要。この類の言葉をビジネス書やら講演会やらこれまで度々聞いたことがありますが、その理由がようやくわかった気がします。それは、決断に時間をかければかけるほど、人間は現状維持にとどまってしまうからでしょう。
これは、心理学用語でいうと「現状維持バイアス」と言って、人間は変化に対する漠然とした不安を抱き、リスクを避けて現在の状態を守ろうとする人が多いそうです。仕事での重大な決断のシーンだけにとどまらず、普段使っているノートなどの日用品を変えることへの抵抗などでもこのバイアスが働いています。だから「今のままでいいだろう」という選択をどうしてもしてしまいがちです。
しかし現状維持では、何も変わらない。それは緩やかな後退に近しく、結果的に今よりマイナスになってしまうことが多いもの。だからこそ、これだと思った時には即決し、同時にすぐにアクションすることも重要だと読みとれました。早めの決断、早めの1歩。これこそ、現状打破の切り札で決断には「行動」がセットであるべきだとこの作品から学びとることができます。

映画は1年以上にわたる期間の出来事を2時間程にしていますが、実在のキャサリン本人はこの作品についてこう語っています。
「映画はほぼ正確に描かれていましたので、私は過去に連れ戻されました。目の前で繰り返される場面を見て、とても奇妙な感覚に襲われたのです。感情の波が押し寄せてきたのです」

アクション映画ではないけれど、自分の決断に責任を持ち、相手に立ち向かう彼女の姿を観ていると、静かにこちらのアドレナリンがあふれ出し、自分も、気持ちを奮い立たせれば、まだまだ強くなれるポジティブな気持ちにもなれます。
世界的に新型コロナウイルスが蔓延している現状で、未来が見えなくなる日もあるかもしれない。誰もが、これから何かしらの決断を迫られることもあるでしょう。
そんな時は、人生のヒントをくれる映画を見て問題と向き合ってみるのも良いかもしれません。

【2020年7月作成】
映画情報アイコン
オフィシャル・シークレット
配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES 
©2018 OFFICIAL SECRETS HOLDINGS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
2020年8月28日(金)全国ロードショー
2018年/イギリス
監督:ギャヴィン・フッド(『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』)
出演:キーラ・ナイトレイ、マット・スミス、
マシュー・グード、レイフ・ファインズほか
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東 紗友美(ひがし さゆみ)
映画ソムリエ
成城大学文芸学部卒業。4年間在籍した広告代理店を退職し、映画の道で活動していくことを決意。その後、映画ソムリエとしてフリーで活動。映画館に通う人を1人でも多く増やし、映画業界を盛り上げるべく、映画イベントのMCや映画コラムの執筆、映画系の番組への出演など幅広く活躍している。
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