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映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第4回「ウィーアーリトルゾンビーズ」篇 感情のないゾンビのための処方箋映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第4回「ウィーアーリトルゾンビーズ」篇 感情のないゾンビのための処方箋

元号が令和へと変わり、いま私たちは新たな時代を迎えています。
過ぎ去っていった平成は、皆さんにとってどんな時代だったでしょうか。
デジタル技術が発達した平成は、コミュニケーションのあり方も大きく変わった時代でした。
映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」の、昔懐かしいファミコンゲームをモチーフにした世界観にトリップしながら、人と人との関わり方の現在、そして未来について思いをはせてみてはいかがでしょうか。

見出しアイコン感情を失った子どもたちの
バンド「LITTLE ZOMBIES」

ウィーアーリトルゾンビーズ 劇中写真
ウィーアーリトルゾンビーズ 劇中写真

2019年6月公開の映画「ウィーアーリトルゾンビーズ」は、日本での封切り前に世界でいくつかの快挙を成し遂げています。
「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」や「ソウ」などのインディペンデント映画が世界的に大ヒットするきっかけとなったサンダンス映画祭に出品され、日本映画として初めて審査員特別賞オリジナリティ賞を受賞。
ベルリン国際映画祭でも「ジェネレーション14プラス」部門でスペシャルメンションを受賞し、ブエノスアイレス国際インディペンデント映画祭では主演の二宮慶多が日本人俳優として初、かつ最年少で最優秀男優賞を受賞しました。

そんな「ウィーアーリトルゾンビーズ」の主人公は、火葬場で出会った4人の子どもたち。
彼らはいずれも両親を突然亡くしたばかり。しかし、悲しいはずなのにちっとも泣くことができません。

ゾンビのように感情を失った4人は、からっぽになってしまった自分を取り戻すべく、バンド「LITTLE ZOMBIES(リトルゾンビーズ)」を結成しました。
バンドのライブ映像は話題を呼び、社会現象といえる大ヒットとなります。そして、それをきっかけに、彼らは思いがけない運命に翻弄されていくのでした──。

主役の子どもたちを演じるのは、映画『そして父になる』で福山雅治の息子役を演じた二宮慶多をはじめとする才気あふれる4人の子役。
彼らを、監督の才能に共鳴したという佐々木蔵之介、工藤夕貴、池松壮亮ら日本を代表する豪華な俳優たちが脇役としてしっかりと支えます。

「音楽を通して成長していく子どもたち」という普遍的なテーマを描いた青春映画、といってしまうと目新しくないものに感じられるかもしれませんが、この映画が試みていることは、とにかく何もかも新しく感じられるのです!
長久允監督のポップでいい意味でキッチュなセンスを反映した、ロールプレイングゲームを進行しているかのようなエキサイティングな映像。120分という上映時間の中で90曲も使用されたというサウンド。
ファミコンゲーム風の世界と、現代的な人間ドラマが見事な化学反応を起こし、スクリーンの中には現実と虚構が入り混じったイマジネーションにあふれる新世界が広がっていました。
あるライブシーンではiPhoneのカメラで撮影するなど、全編にわたって制作陣の映像に対する挑戦がうかがえます。
懐かしさと新しさが絶妙なあんばいで融合した映像を観た私は、「映画ってこんなにも自由なんだ」と改めて感じることができて、うれしくなりました。

見出しアイコン「親が死んでも泣けない」
子どもたちの価値観とは

ウィーアーリトルゾンビーズ 劇中写真
ウィーアーリトルゾンビーズ 劇中写真

「両親は、いてもいなくても変わらない」
一方で、そんな子どもたちの態度は、私にとっては非常にショッキングなものでした。
なくしものを探したり、心を取り戻そうとしたりする子どもたちの物語はこれまでも数多く作られており、代表的な映画としては、何年たっても色あせない青春映画の金字塔「スタンド・バイ・ミー」が挙げられます。
最近Netflixで人気のSFホラードラマ「ストレンジャー・シングス」も、子どもたちが活躍し、成長していく物語でした。
ですが「ウィーアーリトルゾンビーズ」の登場人物ほどニヒリズムに陥った子どもたちは観たことがありません。

しかし、それこそ、この映画が私たちに問いかけてくる真のメッセージなのです。
──自分が死んでも、子どもが泣いてくれない。
それは、想像するだけで恐ろしくなるような、ショッキングな家族の関係であるように感じられます。はたして、どうしてそんな関係が生まれたのでしょうか。
劇中で子どもが言い放った、印象的なセリフがありました。

「自分のことばかりでもいいんじゃない? だって自分の人生なんだから」

実際に、子どもたちの親の1人はそうやって子どもと関わってきました。
一見妥当とも思えるセリフですが、はたして本当にそうなのでしょうか。
今を生きる子どもたち全員がそう思ってしまっては、十数年後には、こんなふうに感情の抜け落ちたゾンビのような人間が、我々のオフィスや街中を徘徊(はいかい)することになってしまいます。
なぜなら悲しみも喜びも、人間関係が密にならないと学べないからです。

見出しアイコン親子、そして社会との
コミュニケーションへ

ウィーアーリトルゾンビーズ 劇中写真
ウィーアーリトルゾンビーズ 劇中写真

世の中は便利になり、1人でも充実した人生をおくれるようになりました。
職業においてもノマドワーカーが増え、テレワーク導入企業も2022年までに29万社に増加すると推測されています。
SNSでチャットのように話し、会話はスタンプで済ませることができるなら、フェイス・トゥ・フェイスでリアルな会話をする機会が必然的に少なくなります。
便利になった半面、人との関わり合いが減り、相手の気持ちをくみ取ろうとしない人間が増えたような気がして、私は時々未来に不安を覚える瞬間があります。
本作では「死んでも泣けない親子関係」という家族間の極端な側面を切り取っていますが、煩わしいと思った人間関係はそれ以上発展しなくなってしまう、ということを象徴的に表しているのではないでしょうか。

私自身も、人との関わり合いは得意ではありません。けれども、この物語の世界を構築するモチーフの1つであるファミコンゲームと同様に、ただ逃げているだけでは、いつまでたってもクリアできない場面があるとハッと気付かされました。
現代においては、特にコミュニケーションがおろそかになりがちです。
しかし、その中から処世術を学んだり、自分とは違う価値観を吸収してアップデートしたりすることも、いうまでもなく大事なことです。
劇中の少年たちは、本音で仲間と向き合い、本心をさらけ出して、人間の心を取り戻していきます。人との結びつきこそが、自分の生き方を決定していくのです。

社会の中で、人は家族や友人、職場、取引先などで様々な人と関わり合いを持ちます。その中では、誰もが感情を出したり、あるいは場合によっては押し殺したりしながらコミュニケーションをとっているのです。
厄介だなと思える人間関係であっても、正面からコミュニケーションに取り組むことで見えてくる景色がある、ということを、本作を通して久しぶりに思い出すことができました。
世界も注目する本作を通して、いま一度、自分が人と正面から対峙できているか考える必要があるかもしれませんね。

【2019年5月作成】
映画情報アイコン
ウィーアーリトルゾンビーズ
配給:日活 ©2019 “WE ARE LITTLE ZOMBIES” FILM PARTNERS
2019年6月14日(金)全国公開
2019年/日本
監督・脚本:長久允(『そうして私たちはプールに金魚を、』)
出演:二宮慶多、水野哲志、奥村門土、中島セナ、
佐々木蔵之介、工藤夕貴、池松壮亮 他
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東 紗友美(ひがし さゆみ)
映画ソムリエ
成城大学文芸学部卒業。4年間在籍した広告代理店を退職し、映画の道で活動していくことを決意。その後、映画ソムリエとしてフリーで活動。映画館に通う人を1人でも多く増やし、映画業界を盛り上げるべく、映画イベントのMCや映画コラムの執筆、映画系の番組への出演など幅広く活躍している。
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