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映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第8回「カツベン!」篇 日本が誇る喋りのプロに学ぶ人前で話すコツ映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第8回「カツベン!」篇 日本が誇る喋りのプロに学ぶ人前で話すコツ

あなたは人前に立つことは得意でしょうか?

会社の同僚など身近にいる人で、プレゼンが上手いな、人前で話すのが得意だな…そんな人っていますよね。

私も舞台挨拶の司会、映画イベント出演などで人前に立つ仕事柄、どのようにすれば「アガらず、その場を盛り上げ、お客さんにとって良い空間にできるのか」を数々の喋りのプロの動画をみながら独学で模索してきました。

まだその回答は見つかっていませんが、大きなヒントが隠された映画に出会うことができました。そんな作品を紹介します。

見出しアイコン名手・周防正行監督が描く
活動弁士の物語

カツベン! 劇中写真

日本アカデミー賞の最優秀作品賞などで、13冠に輝いた「Shall we ダンス?」(’96)や「それでもボクはやってない」(’07)などを手がけた周防正行監督。本作「カツベン!」は、そんな周防監督が5年ぶりにメガホンをとり、今から約100年前、人々をサイレント映画の世界に引き込んだ活動弁士(通称:活弁=カツベン)を夢見る青年を主人公に、片島章三の完全オリジナル脚本を映像化した作品です。

映画が「活動写真」と呼ばれ、まだ映画に音がなかった時代、スクリーンの脇には演者に代わってセリフを発したり、作品を説明していた活動弁士という職業がありました。サイレント映画が人気を博していた時代、彼らは映画本編に登場する銀幕のスターよりも注目を浴びたほど人気だったそうです。

当時の映画館には、映画のタイトルの看板の横にほぼ同等のサイズの看板に活動弁士の名前が出され、上映作品が同じでも「どの活動弁士が映画を語るか」によって、映画館に入る観客数にも天と地ほどの差があったそうです。さらに、スター弁士となると、ときの総理大臣と同等の年収を得る人もいたほどでした。

しかし、トーキー映画(音のついた映画)の定着に伴って、彼らは徐々に映画界の表舞台から姿を消していきました。役目を終えていった活動弁士たちですが、この作品では当時、映画を自らの語りで彩ったしゃべりのスーパースターがいた時代にタイムスリップすることができます。
スクリーンを通して、日本独自の文化でもある活動弁士が躍動し、映画をさらに楽しませていたことを体験できる映画なのです。この作品を鑑賞することで、失われた文化を味わうとともに、自分の中の経験値が1つアップすることでしょう。

見出しアイコン活動弁士とプレゼンスキル
の共通点

カツベン! 劇中写真

ストーリーを簡潔にご紹介しましょう。
活動弁士として一流になることを夢見る青年・俊太郎(成田凌)が流れついたのは、小さな町の映画館「靑木館」。隣町にあるライバル映画館に人材も取られ、客足もまばらな靑木館に残ったのは、人使いの荒い館主夫婦、傲慢で自信過剰な弁士、酔っぱらってばかりの弁士など、個性的な曲者ばかり。雑用ばかり任される俊太郎の前に、幼なじみの初恋相手、大金を狙う泥棒、泥棒とニセ活動弁士を追う警察などが現れ、大騒動に巻込まれていく——。

劇中に登場する主人公の成田凌演じる活動弁士は、とにかく物怖じせず台詞を発し、臨場感たっぷりに作品を解説し、ときには笑いで会場を沸かせ、涙を誘う。どこから見ても緊張などとは無関係に見えます。

この作品を鑑賞していて思ったことは、活動弁士の仕事とビジネスマンが企業のプレゼンテーションに求められることと、共通する部分があるということです。
今回、活動弁士の仕事から見えてくるヒントとは…。
一つ目は人前での練習を重ねること。特に大事なのは自分一人で練習するのではなく、他に聞いてくれる人がいる状態で練習することです。この練習によって、自信と安心感が持てます。間違いや矛盾点に気づくといったことも含め「誰かに話してみて初めて気づく点」が数多くあるに違いありません。実際に劇中の主人公も幼馴染に聞いてもらうことで自信をつけています。

二つ目は演劇的であること。世界で最もプレゼンテーションに長けているといわれたスティーブ・ジョブズのスピーチについて考えてみましょう。ジョブズのスピーチといえば、会話の“間”に歩きを入れたり、目を引く仕草を取り入れるなど、目線、手の仕草にさえ表情がありました。活動弁士は歩きまわりはしないけれど、やはり意図して発する変幻自在な声色で客を自分の世界に引き込んでいます。
一般人が、変幻自在というとなかなか難しいかもしれませんが、まずは強調したい部分だけで喋りのプロになりきり、間をおいてみたり、顔の角度や、手の位置、抑揚をつけてみることに挑戦しても良いかもしれません。
そして三つ目は、一方通行のコミュニケーションだということを意識することです。これが最も難しいところだと思います。 聞いてくれる人の反応はどうしても気になるけれど、観客が割り入る状況を与えず進行する。自分が準備してきたプレゼン資料を信じて、最初の反応が悪くても壇上で諦めないことも重要なのです。

見出しアイコンサイレント映画と日本独自
の文化を堪能

カツベン! 劇中写真

伝えるべく内容を明確に伝え、劇的に聞いてくれる人に刷り込む。そんなビジネスにも役立ちそうな能力を持つ活動弁士。
実は彼らが解説する劇中の映画作品群は、周防監督の発案のもと、すべて新しく撮影されたというから驚きです。
完全オリジナルな無声映画と「金色夜叉」「ノートルダムのせむし男」「椿姫」などといった、歴史に残る名作を忠実に再現した作品を含む、およそ10作品ものサイレント映画が劇中に登場します。「1本の映画で、たくさんの映画に出会える——」。これは実に贅沢な話じゃないでしょうか。
ちなみに今年3月、映画の都ロサンゼルスでも日本独自の文化である活動弁士の世界を伝えるイベント「The Art Of The Benshi」が開催されるなど、日本人の誇れる文化のひとつとして、改めて見直されているのも嬉しいニュースです。仕事への活用も含め、ぜひこの作品を鑑賞してみることをおすすめします。

【2019年11月作成】
映画情報アイコン
カツベン!
配給:東映 
©2019 「カツベン!」製作委員会
2019年12月13日(金)全国ロードショー
2019年/日本
監督:周防正行(『Shall We ダンス?』『それでもボクはやってない』)
脚本・監督補:片島章三
出演:成田凌、黒島結菜、
永瀬正敏、高良健吾、音尾琢真、
竹中直人、渡辺えり、
井上真央、小日向文世、竹野内豊ほか
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東 紗友美さん写真
東 紗友美(ひがし さゆみ)
映画ソムリエ
成城大学文芸学部卒業。4年間在籍した広告代理店を退職し、映画の道で活動していくことを決意。その後、映画ソムリエとしてフリーで活動。映画館に通う人を1人でも多く増やし、映画業界を盛り上げるべく、映画イベントのMCや映画コラムの執筆、映画系の番組への出演など幅広く活躍している。
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