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映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第13回「キーパー ある兵士の奇跡」篇 元ドイツ兵キーパーの壮絶な人生に学ぶ復活への道映画ソムリエ 東 紗友美の学び舎映画館 第13回「キーパー ある兵士の奇跡」篇 元ドイツ兵キーパーの壮絶な人生に学ぶ復活への道

「この物語は史実に基づいています」と文言の入る実話をベースにした映画は2000年代以降、世界的に見ても増加傾向にあります。実在した人間の波乱万丈な人生こそ、もっともドラマチックですし、苦難に立ち向かうストーリーに勇気や希望を与えられた人も少なくないでしょう。
そんな実話映画の中でも「何故これまで映画化しなかったんだ?でも今こそこれを上映するのには、ぴったりなタイミングかも!」。そんな風に、気持ちの良いほどパズルのピースが、世間の求めるタイミングと当てはまる作品に出合えることが時々あります。今回はサッカーというスポーツで、ゴールキーパーとして活躍した人物を主人公にした、心温まる実話を基にした映画「キーパー ある兵士の奇跡」をご紹介します。

見出しアイコンイギリス名門チームに実在した
元ナチスドイツ兵選手

キーパー 劇中写真
キーパー 劇中写真

この映画の主人公は、イギリスのサッカーチーム「マンチェスター・シティFC」の伝説的なゴールキーパーであるバート・トラウトマン(1923-2013)。彼は第二次世界大戦ではドイツ軍に属し、捕虜としてイギリスの収容所に送り込まれたナチス兵士でした。そんな彼が、終戦後にイギリスとドイツを結ぶ平和の架け橋となり、やがて国民的ヒーローとして両国から愛される存在となりました。
彼の経歴を簡単にご説明しましょう。バート・トラウトマンは、1923年にドイツ・ブレーメンで生まれました。幼少期から地元のサッカーチームでプレーをしていましたが、当時から台頭していたヒトラー率いるナチスに呑み込まれ、10歳の誕生日にヒトラー・ユーゲント(ナチスドイツの青少年組織)に入団。17歳を迎えた時点でドイツ軍に入隊し、空挺兵として鉄十字勲章を含む5つの勲章を授与されたほど、兵士としても評価されていました。

そんなバートが連合国軍の捕虜となったのは、ドイツの敗北が明らかとなっていた1944年でした。そして翌年、22歳の時に戦争捕虜として捕虜収容所に送られてしまいます。
そこで休憩時間に捕虜たちと嗜んでいたサッカーゲーム中に、キーパーとしての並外れたプレーが評判となっていくことになります。このあたりからこの映画は始まります。

見出しアイコン次から次へと来る試練に
サッカーのプレーで立ち向かう

キーパー 劇中写真
キーパー 劇中写真

バートは第二次世界大戦が終結した後もイギリスに留まり、現地のチームに所属するも、敵対していたドイツ人であったことからチームメイトに敵意を向けられ、チーム監督の娘からも拒絶されてしまいます。その後、実力を認められ名門サッカークラブ「マンチェスター・シティFC」に入団した後も、試合会場では観客からのブーイングの嵐が起こります。
まるで逆境という現象が生き物になったかの如く、刺客のように次から次へと彼の人生に押し寄せてくるのですが、彼は負けませんでした。対戦相手に負けなかったのではなく、自分に白旗を上げなかったのです。
バートは自分ができることをよく理解していました。それはシンプルにキーパーとしての役割を徹底するということ。会見で批判に対して声を荒げて声明を出すことでもなく、ただサッカーのプレーで認められるように努めました。

自分の使命を理解している人は強く、ブレません。余計なことに時間を使わず、ありったけの時間をやるべきことに捧げるからでしょう。
SNSをほとんどの人が嗜む現代、自分にまつわる投稿をする人は確かに増えたけれど、自分のできることを理解しきれていない人が案外多いのではないかと思うことがあります。「発信すること」で対外的な自分ばかりを作り上げて、本当の自分に気づけていない人が増えたのかもしれません。
どんな状況に陥っても苦境を突破するためには、まずは自分という人間が、チームに対して、社会に対して貢献できることをまず理解すること。そして愚直なまでにその仕事に取り組むこと。それこそが強さへとつながり、周囲から認められる唯一の手段ということが垣間見えました。

ただでさえ生きづらい世の中が、今年はコロナ禍によってさらなる混乱に陥りました。仕事や職場の人間関係で悩み、漠然と不安やモヤモヤを胸に抱えて生きている人は、沢山いるはずです。そんな今こそ自分の役割や、いまのポジションでできることを振り返ってみる必要があるかもしれません。

見出しアイコン人生はもっとも良い瞬間で
終わらない

キーパー 劇中写真
キーパー 劇中写真

バートのひたむきなプレーは、ついには名門サッカークラブ「マンチェスター・シティFC」を優勝に導き、感動を与え、国と国の分断を越え、人々の胸を打つことになります。しかし人生は映画のようにハイライトの頂点では終わりません。この優勝の直後、ある大きな悲しみがトラウトマンに訪れることになるのです。
もしも私に同じことが起きたら、自分の人生をまるごと投げ出したくなるかもしれない…。そんなレベルの不幸に見舞われてしまいます。
この映画で彼はその悲しみをどう乗り越えたか、あるいは乗り越えていないかもしれないが、その哀しみを抱えながらどうやってもう1度、ゴールの前に立つことができたのでしょうか。喪失や悲しみは、元通りに無かったことになることはありません。人生や仕事において、大きすぎる失敗をしてしまった後も同じかもしれません。そんな状況において必要なのは「乗り越える」というマインドではなく、胸に残る後悔を「赦す」という心持ちなのかもしれないと教えてくれます。

辛い出来事や不当な差別も愛に変えることができることを、バートは自分の人生をもって証明しています。国と国との分断や、いまだ根強く残る差別やヘイトなどが目につくこの時代だからこそ、多くの人に出合ってほしい映画です。

主演のバートにはケイト・ウィンスレットがオスカー女優賞を獲得した話題作『愛を読むひと』に出演していたデヴィッド・クロス、彼の妻のマーガレットには『サンシャイン/歌声が響く街』のフレイア・メーバーがキャスティングされています。
二人が夫婦として成長していく様子も丁寧に描かれています。ドイツ人の夫、英国人の妻がどうやって支えあってきたかを考える「夫婦の物語」としても見応えがあります。

最後になりますが、これまで「学び舎映画館」をご愛読いただきまして、誠にありがとうございました。今回で最終回となります。
本日紹介した映画におけるバートの人生も、分断していた人々を繋ぐ架け橋となっていく人間の物語でしたが、この連載を通して私自身「ビジネスのマインド」と「映画」を繋ぐことを意識しながら、新作映画を紹介する機会をいただき、自分にとっても何よりも学び舎となりました。
これからも映画ソムリエとして映画を紹介していく私の活動は終わりません。
またどこかで、皆さんにお会いできますように…。

【2020年9月作成】
映画情報アイコン
キーパー ある兵士の奇跡
配給:松竹 
©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann
2020年10月23日(金)全国ロードショー
2018年/イギリス・ドイツ
監督:マルクス・H・ローゼンミュラー
出演:デヴィッド・クロス、フレイア・メーバー、
ジョン・ヘンショウ、デイヴ・ジョーンズほか
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東 紗友美さん写真
東 紗友美(ひがし さゆみ)
映画ソムリエ
成城大学文芸学部卒業。4年間在籍した広告代理店を退職し、映画の道で活動していくことを決意。その後、映画ソムリエとしてフリーで活動。映画館に通う人を1人でも多く増やし、映画業界を盛り上げるべく、映画イベントのMCや映画コラムの執筆、映画系の番組への出演など幅広く活躍している。
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