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ちょっとおいしいビジネスの話 銀座魚勝 ちょっとおいしいビジネスの話 銀座魚勝

店舗内観

銀座4丁目、グッチと銀座天賞堂の間にある路地の雑居ビル2階にある「銀座魚勝」は、こぢんまりとした、ごく普通の居酒屋に見える。しかし、ひとたびその店で設定されたコース料理を味わえば、その外観からは想像できない素晴らしい日本料理が提供される名店だと、誰もが感じるだろう。

築地の仲買人の息子として生まれた店主の栁橋克彦氏は、京料理などを学びながらも、可能な限りリーズナブルに魚料理を食べさせる店を夢想し、京橋に「肴や魚勝」をオープン。しかし、八重洲地区の再開発のあおりを受けて貸店舗から退去せざるを得ず、現在の銀座4丁目という一等地の店舗に越してきた。

仲買人の息子ならではの、“活け物”を扱う業者との付き合いから安価に良い品を仕入れ、修行した業で調理し、居酒屋価格で提供する。それが栁橋氏の真骨頂。銀座という土地柄を考え、いわゆる“肴”を中心にした居酒屋料理中心から、京風の御番菜(おばんざい)と新鮮な魚介類のお店へと変えたことも功を奏した。その上、銀座に移っても京橋の頃からほとんど変わらない価格感。京橋で自分を支えてきてくれたお客たちに、安価でおいしい料理で応えたいと愚直に思う店主の性格が、そのまま出ている店なのだから、はやらないはずがない。

人気店になるまでに、さして時間はかからなかった。
そんな銀座魚勝を象徴しているのが、ランチタイムに提供されている「銀座魚勝謹製 弥左エ門いなり」だ。

店舗内観

「お客に楽しんでもらいたい」
顧客満足優先を象徴する1箱

銀座魚勝謹製 弥左エ門いなり

テイクアウトのみ。1日30箱限定のこのいなり寿司は、時に整理券が配布されるほどの人気を誇る。それもそのはず。1,200円(税別)の弥左エ門いなり、価格以上にぜいたくで手が込んでいる。2種類の味の両方を口の中に放り込めば「おいしい」という言葉以外は出てこないだろう。

そもそも、いなり寿司と聞いて想像するあまったるさや、油っぽさがまったくない。徹底して脂抜きされ、黒砂糖とてんさい糖のバランスが取れた“お揚げ”の味付けは、スッキリとした味わいの酢飯とのバランスがよく、大人の味に仕立て上げられている。

「香る五目」は旨みが強く、後味はさっぱり。和辛子を付けて食すと日本酒との相性もいい。「わさび穴子」はフワッとした穴子の口どけと、微細な葉わさびのピリッとした風合いのバランスが素晴らしい。店主が毎日仕込み、それをスタッフがすべて手作りでいなり寿司へと仕上げた上で箱詰め。30箱限定の理由は「これ以上作ることが困難だから」だ。

店主がここまでいなり寿司にこだわるのは、店舗裏手にある銀座4丁目の企業を見守ってきた「宝童稲荷神社」にその理由がある。元から利益を出すためではなく、創業当時の電通やミキモト、それにすきやばし次郎を見つめ、地域コミュニティーが大切にしてきた稲荷神社に奉納するため損得抜きで研究したいなり寿司。それを、せっかく作るならばと、ひとりでも多くの人に楽しんでもらえるよう外販することにしたものだからだ。

銀座魚勝謹製 弥左エ門いなり

グルメサイト/席予約の功罪

焼き魚

もっとも、休むことも忘れて仕込みに精を出し、よりおいしいものを安価に提供したいと考える料理人は、決して珍しいわけではない。収支よりも満足感。いかに顧客に楽しんでもらうかを優先するのは、“生まれながらの料理人”なら誰もがどこかに持っている気持ちだ。

経営という観点でみた場合、そこにはキッチリと収支を合わせるため、食材を無駄にせず効率よく調理する職人としての感覚や業は必要だ。ただ、顧客満足を徹底すると、売り上げ・収益として必ず自分に戻ってくる。
銀座魚勝も、引きも切らないお客たちで、毎日の席はどの時間帯も埋まるようになった。まるでいなり寿司を奉納している宝童稲荷が、店を護っているかのごとく、24席のテーブルが埋まっていた。

ところが、そんな魚勝に変調が訪れる。
ひとつは「銀座なのに安い」「アラカルトで頼めてミニマムオーダーもない」という評判がグルメサイトで広がりすぎたことだ。“安い”の感覚は人それぞれ。居酒屋形式で、自由に注文できるスタイルは、半合の日本酒をカップルで分け合いながら、あとはお水と1〜2品の御番菜を注文して数時間粘る予約客も増やしてしまった。

24席しかない席では、いつもお腹いっぱいに料理を楽しんでくれている常連のお客たちが入るスペースも限られ、「いつのぞいても席がない」と足が遠のく客も増やしてしまった。カップルで2時間以上の滞在でお会計総額が3,000円未満ということも珍しくなくなったという。
さらに、どんな大衆店でも当たり前に行われるようになった“席予約”も、小さな店舗にとっては大きなリスクだ。世界的に「No Show(予約席に現れない客)」問題は広がっているが、規模の小さなお店、しかも顧客単価が低いお店ではその影響は小さくない。まして、保存のきかない魚介類の店舗では食材のロスも大きい。

かくして、“いつも満席に近い人気店”にもかかわらず、滞在時間に対する売り上げが落ち、それまで銀座魚勝を支えてきたお客たちも手軽に入りにくい状況となり、営業を続けられるかどうかの瀬戸際まで追い込まれていった。

焼き魚

「顧客満足至上主義」と
「安定した売り上げ」の両立で
さらなる人気店に

そば

「銀座でこれからも魚勝を続けられるかどうかわからない」
そんな弱音を聞いたのは2018年11月のことだった。
不退転の気持ちで年末の営業に向かった銀座魚勝は、息を吹き返すことになるのだが、それは「顧客満足」について足元を見直しながら再考したからに他ならない。

保存がきかない魚介類を中心に、おいしい料理を安価に届けるには、食材のロスを減らすことが肝要だ。それまでアラカルトでの提供にこだわっていた栁橋氏だが、料理の提供を21時以前までは「コースメニューのみ」に変更した。
毎月のように季節に合わせたメニューの開発は必要になるが、食材のロスを抑えられ、その分、素材を攻めて顧客満足をさらに上げることもできる。
さらに、あらかじめ顧客単価を店側で設定できるため、料理内容に対する満足度を高めながらも、顧客の滞在時間に対する単価を引き上げることもできる。

コースは7品前後5,000円で飲み物別、10品前後飲み放題付きで8,000円、12品前後で豪華食材を使う飲み放題付き1万2,000円の3コース。内容、満足度は価格が上がるほどに増す構成とした。
中でも8,000円コースは圧倒的。稀少銘柄を含む日本酒の品ぞろえも豊富とし、ノンアルコールの顧客向けに高級茶やフレッシュジュースを用意することで、お酒を飲まない、料理を純粋に楽しむし方も変えた。
12月の忘年会シーズン。本来なら、居酒屋としてかき入れ時の12月11日に、居酒屋スタイルから本格的な料理屋への脱皮を図る。ビジネスモデルを大きく変える勝負だったが、結果はついてきた。

事業モデルを大きく変えて1カ月、来客数は減ったものの顧客単価が上がり、収益性は高まった。コース料理のみの予約とすることで、“予約する”ことへの精神的なハードルが高まり、No Showや、当日連絡によるキャンセル、いわゆるドタキャンも大幅に減少。一方で、グルメサイトの口コミは称賛であふれるようになった。
店舗営業の持続性を高めながらも満足度を高めることに成功したのだ。

今後、お酒の提供をペアリングにするなどの調整を図る模様だが、「コースのみ」に集中して料理の質を高めることで、「さらなる顧客満足を追求したい」と栁橋氏はいう。
業態変更後は、以前よりもネットでの予約も取りやすくなっているようだ。銀座での食事を考えているならば、これからさらなる人気店になるだろう銀座魚勝に足を運んでみてはいかがだろう。

【2019年2月作成】
そば
店舗内観02

銀座魚勝

東京都中央区銀座4-3-7 銀座スバルビル 2F
03-6264-4774
※電話予約・問い合わせ不可、持ち帰りのみ
●ディナー 火〜金 17:00〜24:00(ラストオーダー 23時)
●ディナー 土・日・祝 15:00〜23:00(同 22時)
※月曜休日、電話予約は月曜以外の15時〜18時
●弥左エ門いなり 火曜〜金曜 11:30〜 売切れ御免

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