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本田雅一が選ぶ いましりたい ニューストレンド 第2回 日本人が知っておくべき中国の電気自動車事情 本田雅一が選ぶ いましりたい ニューストレンド 第2回 日本人が知っておくべき中国の電気自動車事情

海外でビジネスをしているという人でも、中国のビジネス環境の変化については、なかなか実感が得られないのではないでしょうか。とりわけ日本の基幹産業にもなっている自動車業界について、中国でどのような状況なのかピンと来ていない方もいるでしょう。
しかし、自動車業界に起きようとしているイノベーション……電気自動車(EV)あるいは、ネットに常に接続された状態で機能や制御が行われるコネクテッドカーに関しては、市場・開発拠点ともに中国が中心地となっています。

中国には500近いEVメーカーがひしめき、そのうち実際に製品を生産できるメーカーも50社程度。将来有望な量産メーカー候補だけでも20社ぐらいあり、自動運転技術の導入を(自動運転レベル3を許容する地域を積極的に増やすなどの政策面で)支援する中央政府の方針などもあって、常にクラウドサービスとつながって走行する、自動運転前提の未来的なEVスタートアップが多数生まれています。
本当にそんなメーカーが多数も、と思うかもしれませんが、自動車部品メーカーの用意するパーツを車台メーカーが作るシャシーに取り付け、内装を施してボディーを載せれば自動車は作れます。

バイトン

例えば工場を持たないEVメーカーとして知られる「ニーオ(NIO)」は、ニューヨーク株式市場に上場。昨年発売したSUV「ES8」は、特殊な機能を搭載しているわけではないものの、優れたデザイン性や低価格などで中国では2万台近い受注を得て、今年の春節前までには予約注文をすべてさばくだけの生産量を確保することができそうだと発表しています。彼らが次の段階に進んでいくことは間違いないでしょう。
しかし、もっとも分かりやすい、新しいEVスタートアップのロールモデルとなりそうなメーカーがもう1社あります。今年の年末には、年産30万台規模の自社工場の建設を終える予定のEVスタートアップ「バイトン(BYTON)」です。

5G時代を予感させる
未来的なコネクテッドカー
専業メーカー

未来的なユーザーインターフェース

バイトンは2017年9月にミュンヘンで、そのブランドが発表されたばかりの若い企業。設立はその年の1月で、設立からわずか2年しか経過していません。
しかし、バイトンにはドイツ自動車産業の中枢から多数の人材、部品メーカーからの協力などを取り付け、2018年9月にはパイロットラインで生産された100台限定ながら、中国国内で実車を販売。バイドゥ(百度)が開発するアポロプロジェクトの自動運転機能を備えた「M-Byte Concept」がすでに街中を走っています。

バイトンが目立っている理由は、48インチの巨大ディスプレーとステアリング部のタッチパネルディスプレーなどを駆使した未来的なユーザーインターフェースや、搭乗者をすべて個別に顔認証した上で、心地よさを提供する社内エンターテインメント、エアコンディションなどの先進的な機能もありますが、何より完成度の高い外観や車体を持っていることです。

ドイツ自動車産業の
血脈を持つバイトン

バイトンの自動車

バイトンを立ち上げたのは、BMWで i 部門を率いていたカーステン・ブライトフェルド氏と、インフィニティ(日産の高級車部門)の中国事業のトップだったダニエル・キルヒャート氏。さらにドイツの自動車部品メーカーであり、制御技術、生産技術コンサルタント部門などを持つボッシュが全面的に協力。内装部品はこれもグローバルのトップメーカーであるフォレシアが供給することで、垂直立ち上げともいえる開発が進みました。
所属しているエンジニアやデザイナーも、BMW i、テスラ、ルノー・スポール、グーグルの自動運転自動車部門やアルパインといった自動車関連会社の幹部が次々に参加。前述したM-Byte Conceptをデザインしたのは、BMW i3、i8などをデザインしたベノイ・ジェイコブ氏というのですから、スタートアップにも関わらず洗練されたスタイリングを持つ車が作れるのも当然といえるかもしれません。

実はこのバイトンの仕掛け人は、中国でも最大級の自動車ディーラー「中国和諧汽車(チャイナ・ハーモニー・オート・ホールディング)」の創業者でもある馮長革氏。
さらには自動車用バッテリーセルではパナソニックを抜いて世界一となっている寧徳時代新能源科技股(CATL)がパートナーに名を連ね、南京市や中国のトヨタとも言えるFAW(中国第一汽車集団)が大手出資会社となっています。

すなわち、ドイツ自動車産業を支えるコンポーネントやデザイン力と、EV先進国で自動運転に関する規制が緩く、またAI技術の活用に積極的、かつ安価に工業製品を量産できる中国企業の優位性を生かせる事業環境で立ち上げられたのがバイトンといえるでしょう。

バイトンは氷山の一角

製品説明

コネクテッドな時代に「クルマを再構築」するというプロジェクトは、かならずしもバイトンだけのものではありません。自動車産業を支える部品メーカーや生産技術アドバイザーを使えば車は作れますし、自動運転に関してもいくつかの開発ベンダーから購入できます。
一般的な内燃機関の自動車を作るためには、2〜3万点の部品が必要とされます。すなわち、参入障壁のひとつとして「多くの部品で構成される製品を安定して安価に量産する」という生産技術があるわけです。ところがEVの部品点数は5000点程度しかありませんから、参入は比較的容易なのです。

一方で、自動運転でドライバーが運転操作から解放されれば、クラウドやAIをはじめ、ユーザー体験をもたらすインターフェースの実装技術などが、自動車の価値としての大部分を占める時代になっていくでしょう。その多くはソフトウエア技術で解決できます。
デジタルカメラが登場した後、フィルムカメラを中心とした現像、プリントなどのエコシステムが崩壊した時。あるいは隆盛を誇ったフィーチャーフォン(いわゆるガラケー)に対して、iPhoneが登場し席巻した時。
「その時」は、突然やってくるものです。
「来たるべき新しい時代の自動車」がやってくるのも、あるいは突然のことなのかもしれませんね。

【2019年2月作成】
本田 雅一(ほんだ まさかず)

本田 雅一(ほんだ まさかず)

フリージャーナリスト・コラムニスト

テクノロジジャーナリスト、オーディオ&ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。
技術を起点に経済的、社会的に変化していく様子に着目し、書籍、トレンドレポート、評論、コラムなどを執筆。

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