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本田雅一が選ぶ いましりたい ニューストレンド 第13回 テレワーク需要増加で変わる仕事環境。業務環境改善の機会に 本田雅一が選ぶ いましりたい ニューストレンド 第13回 テレワーク需要増加で変わる仕事環境。業務環境改善の機会に

新型コロナウィルスの世界的な感染拡大の中、否応なく自宅での作業が求められ、急速にテレワークの需要が伸びました。働き方改革の一環として、テレワークは掛け声こそ大きかったものの、なかなか進んでいなかったのが現実でした。
ところが環境の変化により、多くの企業でテレワークの導入は急務になっています。ただし、これまで推進してきたテレワークと、新型コロナウイルスの影響下におけるテレワークは少々、意味合いが異なります。
従来のテレワークは、「あらゆる職種をテレワークに」という動きではありませんでした。これはテレワークが比較的進んでいると言われてきた国でも同じで、必要な従業員だけが、必要な時に出社すれば良いという考え方でもあったのです。これに対し、新型コロナウイルスの影響下では、あらゆる職種がテレワークを求められることとなりました。

大多数の従業員がテレワークする
ことは誰も想定していなかった

テレワーク

テレワークソリューションは、従業員の大多数がオフィスに出社せずに仕事をせねばならない状況を想定していませんでした。ところが現在では、ほとんどの社員が出社していない企業も多いことでしょう。
いずれ感染者の状況が落ち着いてくれば、出社して仕事をする会社員も増えていくでしょうが、以前と全く同じ状況に戻るには時間がかかるというのが多数の意見です。テレワークが可能な職種は自宅作業が続き、出社が必要な業務を抱える従業員も、出社日を絞り込んで大半を自宅から作業するようになるでしょう。
コロナ前のテレワーク向けソリューションは、コロナ禍中やコロナ後を想定して作られていないため、この渦中で問題が発生していました。
典型的な例は、パソコンで業務を行う際の運用ルール。ある程度以上の規模になれば、いったんVPN(仮想プライベートネットワーク)を通じて社内システムに接続してからでなければ、パソコンでの業務ができないという現場も多いでしょう。
ところが、このようなシステムでは、大多数の社員が社外から接続することは想定されていません。このため、設定されているVPNの最大接続数や帯域が不足し、円滑な業務が行えなくなってしまいます。この問題はシステムを増強すれば解決するというものではなく、運用ルールの見直しが必要という面でハードルが高いと言えるでしょう。

そのルールは本当に
必要なのかを考え直そう

「VPNに接続してからでなければ業務は行ってはならない」。そうした画一的なルール設定は、あらゆるアプリケーションに対して単一の基準で安全性を確保するためには簡単な方法です。しかし、もとより安全性が確保されたツールで仕事をする場合は、業務のスループットを落としてしまう無駄ともなりえます。
分かりやすいところでは、オンライン会議システムは典型的な例と言えるでしょう。会議に接続する端末間で暗号化が行われているため、会議参加者のマッチングや参加承認などの仕組みが安全であれば、VPNを通す必要はないからです。
むしろ通信帯域を多く必要とするオンライン会議の通信トラフィックは、VPNに流すべきではありません。このように「仕組みを知っていれば不要」と確認できる場合でも、画一的なルールに依存して見直されていない場合は、きちんと「安全な範囲はどこからどこまでか」を考え直すべきでしょう。
そして、ルールの見直しが必要なのはセキュリティ運用だけではありません。
もっと本質的な部分。例えば印鑑文化への対応についても一考する必要があるでしょう。

印鑑がなければ前に
進まないために出社が必要に

書類に押印

テレワーク環境は、ルール設定や運用、パソコンや通信設備などへの投資を行えば整えることはできます。予算の問題はあるが技術的な問題は、実はさほど大きいわけではないからです。ところが、どれほどテレワークの体制を整えようと、それでも出社しなければ解決できないこともあります。なぜなら、業務フローの中に最後に残るハードルに「承認印」という難題があるからなのです。
承認に印鑑を必要とする業務がひとつでも存在すると、そのためだけに出社しなければならなくなります。書類を確認し、印鑑を押す。たとえ30分で終わる業務でも、出社しなければ業務フローが進まなくなってしまう…。現場においてこのようなことは少なくありません。

そこで出社が必要な業務をリストアップし、一人の社員が1日かけてできることをスケジュール化。社員が交代で出社しながら「現場でしかできない業務」を行っている企業もあります。
ローテーションを組んで、順番に1人ずつ出社することで、社員同士が接触せずに効率よく業務を進め、なんとかこの困難を乗り越えようと頑張っていますが、そもそも捺印をもって承認となすルールさえ変えてしまえば、そのような業務は行わなくていいものではないでしょうか。
ところが、「印鑑文化」は大企業ほど根強く残り、その子会社や取引先にまで影響を与えます。本来ならば、上流にある大企業ほど印鑑文化を廃止する利点が大きいのですが、その一方で、企業規模が大きくなるほど慣習を変えることは難しいと言えます。なぜならルール変更により、一時的にでも業務遂行が滞れば責任問題にも発展しかねないからです。
中小規模の企業は必要とあらば変化できるフットワークの軽さはあります。おそらく印鑑文化は、中小企業にとっては大きな問題ではありません。問題は大企業が印鑑を廃止しないことで、数100もの取引先に影響を与えていることです。
中小企業の立場で考えるなら、取引の上流にある企業の運用ルールに従わねばならず、「出社しなければ完結しない」仕事が多くの中小企業に伝搬して産業界に広がっていってしまうのです。 今回のコロナウイルス感染拡大によってテレワーク環境を改善して、こうした印鑑文化も見直していけば、より効率的な業務フローへと踏み出すきっかけにもなるでしょう。

この期に「BYOD」の導入も
慎重に検討を

セキュリティデバイス

これまでのように、出勤して仕事をするのが当たり前であれば、社外に出かける必要がない従業員には、社内で使うパソコンを割り当てるだけで済みました。パソコンの持ち出しが必要な一部の社員以外は、業務用端末として何かを自宅に持ち帰る必要は(本質的には)ありません。このため、そもそも持ち帰り端末が準備されていないのです。
また、一部企業が導入している、社内システムに接続するためのセキュリティデバイスの数も不足しています。すぐに端末やセキュリティデバイスを追加購入する予算がなかったり、急なニーズの増加で仕入れたくとも調達機材の在庫が不足していることも多いことでしょう。
本来ならば、BYOD(Bring on your own device:社員が自分で購入した機器を業務用に持ち込んで使用すること)を進めることで、この状況を打開したいところですが、ことはそれほど簡単なことではありません。専門のIT管理部門がない企業では、BYODを受け入れたくとも、安全性を確保した上で体制を整えることができないからです。
このようにテレワーク導入にはいくつかのハードルがあり、一度に全てを進めることはできないでしょう。しかし、もうテレワーク導入は待ったなしというだけでなく、今後も「一般的な働き方」として定着していく文化になっていく可能性が高いものです。どのようなワークスタイルが最適なのか。それは各々の現場ごとに異なるでしょう。
コロナウイルスによる感染症は、社会的に大きなマイナスの影響を与えています。しかし、そうした社会情勢の中でも感染対策を行いつつ事業活動を継続し、働き方改革の一環としても推奨されているテレワークを活用しようというのであれば、この期に根本的な見直しを図ってはいかがでしょうか。

【2020年5月作成】
本田 雅一(ほんだ まさかず)

本田 雅一(ほんだ まさかず)

フリージャーナリスト・コラムニスト

テクノロジジャーナリスト、オーディオ&ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。
技術を起点に経済的、社会的に変化していく様子に着目し、書籍、トレンドレポート、評論、コラムなどを執筆。

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