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本田雅一が選ぶ いましりたい ニューストレンド 第4回 「リーボック」復活にみるマーケティングトレンドの変化 本田雅一が選ぶ いましりたい ニューストレンド 第4回 「リーボック」復活にみるマーケティングトレンドの変化

さまざまなメディアがデジタル化され、ウェブ中心の世界を構成するようになってきています。以前とはメディアを通した景色が大きく変わってきたように感じている人が多いのではないでしょうか。

かつては「大元の情報」を知り、発信力も大きなマスメディアの言説には、圧倒的な存在感がありました。しかしウェブ中心の世界では、「メディアとしての大きさ」が必ずしも発言力や信頼度を表す尺度にはなっていません。

信頼できる人からリレー方式で伝わる情報は、すでにその信頼度を推し量る手がかりが失われている場合もあります。そんな玉石混淆の情報があふれる中、消費者は何を尺度に「情報を感じている」のでしょうか?

そのヒントが、アディダス傘下のブランド「リーボック」の復活劇にあるように思います。

アディダスの買収で
復活したリーボック

バスケットボールする男性たち

英国発祥のスポーツブランド、リーボック。1990年代初頭にはNBAのスター、シャキール・オニールと契約してブランドを築き、94年の「インスタポンプ・フューリー」が日本でも大流行。ナイキのAir Maxとともに、スニーカーブームをけん引したブランドでした。

しかし、そんなリーボックも90年代後半から低迷期に入り、2000年代に入るとすっかり安売りブランドに落ちぶれていきます。ウォーキングを通じて体幹を鍛えるため、意図的に不安定になる靴底デザインを採用した「イージートーン」や、元々人気だったエアロビクス向けシューズなど、ごく一部を除けばリーボックを欲しがる人はいなくなってしまいました。

落ちぶれた名門リーボックをドイツのスポーツブランド・アディダスが買収したのは2005年のことでした。当時のリーボック製シューズは、単価もアディダスの半額ぐらいだったといいます。

そんなリーボックを買収したと聞いた時、漠然と「アディダスブランドとしては販売できない、低価格な商品を新興国向けに出すための『ブランド取得』だけが目的なのかな?」と感じたのを覚えています。ところが、ここ4、5年はリーボックブランドが完全に復活したどころか、親会社であるアディダスをしのぐスポーツブランドに成長しています。テレビに頻繁に出演しているクロスフィットトレーニングのトレーナー・AYAさんをはじめ、スタイリッシュなボディを目指すひとたちが、こぞってリーボックのウェアやシューズを着用し、雑誌などでも「カッコイイ」ブランドとして定着しているのです。

なぜ、こうした大復活劇をなし得たのか。その理由をリーボックのブランドマネージャーに尋ねると、「なるほど」と感心したものです。

「ストイックに身体を鍛える」
人に向けたファッション性と
機能性でブレイク

ボクシングする男性

アディダスがリーボックを買収した意図は私の想像とは異なり、「北米市場の開拓」にあったそうです。欧州や日本、アジア地区では大きなシェアを持っていたアディダスですが、ナイキをはじめ、地元のスポーツブランドがひしめく北米市場では苦戦していました。

そこで、シャキール・オニールとの大規模な契約で北米では認知度が高かったリーボックを買収し、市場攻略の糸口にしようとしたわけです。そのリーボックがブレイクしたのは2015年に総合格闘技団体の「UFC」と提携したことがきっかけでした。

UFCは試合こそ真剣勝負の格闘技ではあるものの、イベント全体の演出はショー的であることをご存じの方も多いでしょう。選手紹介やバックストーリーの描き方、大会そのものの演出などはエンターテインメントとしてショーアップされています。

UFCとの提携により、リーボックは出場選手たちが求めるエンターテインメント演出に向き、個性を重視した特徴的なデザインのシューズやアパレルを開発、提供していきました。UFCの人気による露出機会の増加もブレイクの理由でしょうが、UFCが持つ「本気度の高さ」とファッション性、エンターテインメント性が、リーボックに新しいブランドイメージを刷り込んだのだそうです。

本気でプロの総合格闘技の試合を目指す選手たちは、極めてストイックに身体を追い込みます。その様子やイメージそのものが、リーボックを象徴するブランドイメージになりました。

ストイックに追い込んだ身体は美しいものです。UFCに出場する選手たちは、例外なくすばらしい筋肉と体形を持っています。「見せるため」の筋肉ではなく、「動くため」の筋肉です。そうでなければ試合に勝つことはできませんからね。

そうした身体を手にするためには、徹底したトレーニングが必要です。総合格闘技に取り組む人たちは多くないでしょうが、トレーニングを積んで、UFCの選手のような身体を手に入れたいと思う人たちは少なくありません。

そこでリーボックは、「動ける身体」を作るために追い込んでいく、当時はまだ流行の先端だった「クロスフィットトレーニング」に的を絞ったマーケティングを始めます。

クロスフィットは筆者自身も減量や身体を鍛える中で取り入れています。日常生活にある一般的な動作……例えば、歩く・走る・起き上がる・拾う・持ち上げる・押す・引く・跳ぶなどを基礎としながら、それぞれに適切な負荷をかけることで、基本動作のパフォーマンスを上げていくというものです。それぞれのトレーニングはファンクショナルトレーニング(機能性訓練)といいますが、複数のファンクショナルトレーニングを組み合わせ、総合的な機能を高めていくプログラムをクロスフィットトレーニングといいます。

元々はアメリカで軍人や警察官の育成などで開発されてきたもののようですが、実際にクロスフィットトレーニングをこなしていくと、日々の生活が楽になっていくことが実感できますし、何より体型の変化が明確。トレーナーたちは例外なくカッコイイひとたちばかりです。そこで、クロスフィットトレーニングのトレーナーにフォーカスし、著名なトレーナーのスポンサーとなり、彼らの望むデザインのアパレルを開発することで、リーボックのブランド力が爆発的に高まっていきました。

今やアディダスを
超えるブランドに

筋肉トレーニングする女性

リーボックはトレーナーにフォーカスしてブランディングを行っているため、マス向けの広告はあまり行っていないそうです。しかし、新しいトレーニングメソッドとしてクロスフィットトレーニングが広がる中で、身体を鍛えたい人たちに浸透し、市場拡大が起き、日本にも波及していきます。

現在、リーボックのメールマガジンに登録するトレーナーは日本だけで5300人、リーボック商品を扱うボックス(クロスフィットトレーニングのジムをボックスといいます)は270軒もあるそうです。

こうなってくるとプラスのスパイラルがどんどん起きていきます。リーボックのウェアを着るトレーニーたちは、どんどん身体がカッコよくなっていき、周りの人たちも憧れるようになります。もちろん、リーボックを着ているからといって、それだけでカッコよくなるわけではありませんが、ブランドイメージの好転には寄与します。

クロスフィットトレーニングのトレーナーAYAさんを見ると、いつもスポーツブラとタイツでトレーニングしていますよね。筆者にはあまりそうした意欲はありませんが、美しくなった女性が、「身体を見せたい」と思うことは自然なことでしょう。もっともっとカッコよく自分の身体を見せたい。そんなときに着るリーボックは、ジャンルこそやや異なり、またかなり狭い領域であるとはいえ、アディダスよりも単価の高いブランドになりました。

アディダスというブランドは、グローバルであらゆる層の人たちに向けたもので、スポーツだけでなく、スポーツのイメージを起点としたカジュアルブランド(Originalsなど)も展開し、価格レンジも広範です。

そうした成熟したスポーツアパレルの市場で安売りすることなく、高いブランドイメージを定着させるにはどうすればいいのか。玉石混淆の情報の中、幅は狭くとも各ジャンルの「リーダー層」向けにピンポイントなマーケティングが重要、ということを示してくれる好例といえるでしょう。

とりわけ日本は少子高齢化が進んでいき、少数でも質の高い、消費者の心に刺さる製品・ブランドでなければ生き残れない市場になっていくでしょう。マスに向けた薄利多売を前提にしたマーケティングとは別の角度から、あらためてブランドについて考え直す必要がある。

リーボックの復活劇は、そんなことを示唆しています。

【2019年4月作成】
本田 雅一(ほんだ まさかず)

本田 雅一(ほんだ まさかず)

フリージャーナリスト・コラムニスト

テクノロジジャーナリスト、オーディオ&ビジュアル評論家、商品企画・開発コンサルタント。
技術を起点に経済的、社会的に変化していく様子に着目し、書籍、トレンドレポート、評論、コラムなどを執筆。

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