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すべてを本物に。ディテールに宿る名店の魂 すべてを本物に。ディテールに宿る名店の魂

店舗外観

もう16年ぐらい前のことだろうか。当時、パナソニックAVC社の社長だった大坪文雄氏は、電卓とペットボトルのエビアンの価格を比べ「どちらもスーパーマーケットで購入できるが、実は電卓の方が安い」と指摘したことがあった。

これは「ブランド化された飲料水」と「機能が満たされるならブランドを問わない電機製品」の比較例だが、決して自虐的な文脈で話したわけではない。松下幸之助のとなえた「水道理論」を説明するための例として挙げたのだった。
すなわち、「大衆向け」に製品を安価に量産し販売することで、お客様にまるで水道の水のように「お役立ち」を提供していくという考え方だ。

すべての人にお役立ちをという考え方は、実に旧松下電器らしいものと言える。しかし一方で、実用品ではなく「嗜好品」となれば真逆の考え方が必要となる。必ずしも生活に必要ではない商品に投資をしてもらうならば、細かなディテールにまでこだわらねばならない。
もちろん、それは飲食の世界でも同じ。そんなことを改めて感じさせられるのが、小田急線・南新宿駅にほど近い場所にあるローマピッツァの店「イル・ペンティート」だ。

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店舗外観

イタリア・ローマのピッツェリアを、
そのまま東京に再現

ピッツァ写真

今回「イル・ペンティート」を取り上げることにしたのは、この店が尋常ではない、分かる人には必ず分かるこだわりに満ちた「空間と時間」を提供してくれるからだ。
イル・ペンティートが始まる時間は夜7時。ランチ営業はない。なぜなら、イタリア本来の“ピッツェリア”はピザをつまみながら酒を飲む場所。ちょっとした前菜はあるが、パスタやメインコースは当然ながら置いていない。ローマ風だけではなく、ナポリ風なども含め、イタリアでピッツェリアと言えば、夜営業だけでパスタなどは置いていないのが当たり前だ。

店内に入るとまるで、ローマへと瞬間移動したような雰囲気を味わえる。内装や調度品がイタリアで使われているもので揃えられ、それはトイレのドアに使われているノブ、便器、手洗い場にまで至るまで徹底されている。
そして当然ながら、焼き窯はイタリア製…と言いたいところだが、こちらは日本で作られたものだ。一般的にはイタリアで作られた窯を船便で輸入することが多いが、この店のご主人は100年を超える窯職人の老舗に通い詰め、日本に3人の職人を招聘。1カ月かけて焼き窯を作ってしまった。

この店のご主人、生田悟志さんは元商社マン。会社員として繰り返しイタリアを訪れているうちに、ローマピッツァに魅せられ、日本に本物のピッツェリア(ピザ専門店)を持ち込みたいと考え、結婚間もない頃に脱サラ。妻を置いてローマへと修行にでかけ、店を作ったという情熱的な人物だ。破天荒に思えるが、一方でとても基本に忠実なイタリア・ローマのピッツァを届け続けている。

ピッツァ写真

日本で一番ではなく、
世界レベルで業界ナンバーワンに

ピッツァ写真

日本でピッツァと言えば、生地が厚くもちもちとしたナポリピッツァが主流だ。
日本にはイタリア政府が認める「真のナポリピッツァ協会(ヴェラ・ピッツァ)」の認定店も数多くあり、ひとつのジャンルとして確立している。

一方で、ナポリピッツァとは異なる価値観で構築されているローマピッツァは、そもそもの料理ジャンルが異なる。ナポリピッツァは、生地そのものが強く主張し、その味や食感を基礎に具材や味付けで彩りを与える。日本で言えば「丼もの」のようなものだろうか。生地とその上にある具材のハーモニーが、料理全体の体験を支える。一方、ローマピッツァは薄い生地の上に具材を乗せて焼き、生地の存在感を抑えて具材の味を楽しませる。
店の名前を冠するピッツァ「ペンティート」は、モッツァレラチーズ、マスカルポーネチーズにグリーンペッパーと生ハムを組み合わせた一品だ。とろとろのチーズと薄くクリスピーな生地の食感が見事なコントラストを引き出す。
サイズは31センチ超のオーバー12インチサイズ。これもローマのピッツェリアと同じサイズだが、その生地は80グラム以下に抑えられ、具材をまるで飲み物のように堪能できる。

実はこの生地の薄さこそがローマピッツァのおいしさの秘訣だ。本場でもほとんどの店は95〜100グラム程度、1枚のピッツァに生地を使う。しかし、「00番」と呼ばれるもっとも細かく挽かれたイタリア製の小麦粉を卓越した技術で練り込み、拡げることでイル・ペンティートでは1枚あたり80グラム以下を実現している。
薄くすると、当然ながら土台である生地が破れやすくなるが、だからこそ職人の腕が生きてくる。ローマの一流ピッツェリアでも80グラムクラスの生地で提供する店は少ない。まして東京では100グラムが主流だ。
ところがイル・ペンティートの生地は極薄ながら破れることはなく、しかも80グラムを切る。80グラムは「破れるリスク」の境目。そこで勝負するからこそ、原産地から直輸入する新鮮な素材も活きてくる。

モッツァレラチーズとペコリーノロマーノ、黒胡椒というシンプルな組み合わせのカチョペペは、シンプルにチーズの味わいを引き出してくれる。淡い風合い、チーズのとろけ具合までを感じられるのは、極限まで生地の存在感を下げているが故だ。
日本で評判の店…ではなく、グローバルで業界のナンバーワンを目指す。その気概がこの店をより魅力的なものにしているのだ。

ピッツァ写真

突き詰め、突き抜けた
ところに成功がある

ピッツァ写真

この薄い、しかし決して破れることがない生地を作るためには、素材を厳選するだけでは不可能だ。いかに丁寧に生地を作り、拡げるときに細かく練り込みながら生地タネを作る必要がある。
親指と人差指の輪で最後の練り込みを行うローマピッツァでは、人差し指の腱鞘炎になる職人が多いが、生田氏も例外ではない。何度も手術を繰り返しながら、それでもトップの薄さと味を追求し続けている。

どのような業種でも、本当に好きな、言い換えれば興味のあることを突き詰め、突き抜けたところには成功がある。常識を超えて品質にこだわり、細部にまでこだわることで誰もが一流であることを「感じる」からだ。

【2019年12月作成】
ピッツァ写真
店舗外観

ピッツェリア・ロマーナ・イル・ペンティート

東京都渋谷区代々木3-1-3 AXIS1F
Tel:03-3320-5699
営業時間:19時~23時(日曜・月曜・定休)
※22時までにご来店ください
http://www.meridionale.com/ILPENTITO.html

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